覚え書:「書評:努力する人間になってはいけない 芦田 宏直 著」、『東京新聞』2013年12月15日(日)付。

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努力する人間になってはいけない 芦田 宏直 著 

2013年12月15日

◆<呟き>革命 哲学で読み解く
[評者]鷲田小彌太=思想家
 すごい作品が出現したな…。第一章「努力する人間になってはいけない」を読み始めたときの感嘆の印象だ。第九章12「<新人>の発掘としての学校教育」を読み終わる頃は驚愕(きょうがく)に変わっていた。著者と同じように、哲学を専攻し、高等教育の「周辺」で仕事をしてきた評者が、共振しつつ、置き去りにされたと実感した瞬間である。
 たとえば、「受験勉強の効用」である。著者は(評者も)ほとんど受験勉強さえしたことのない学生を長年教えてきた。著者は受験で明示される全国的偏差値を、「遠い」ものへの意識を経験する不可欠の契機とみなす。まさにしかりである。
 変化の激しい社会の中での<新人>たる若者に向けて、学校や仕事や他者とどう向き合うかを考察し提言した本書の核心は、ツイッター革命論だ。データベース(ストック情報)に基づくグーグル的検索主義と異なり、ツイッターでは情報の先にいつも書き手と読者が同じラインに同時に存在する。不特定の短い<呟(つぶや)き>が知識や情報の蓄積を無化し多くの人間と現在を共有することを可能にする。書き続けていると波長の合う人とも出会う、不思議で恐ろしい装置だと言う。この専門性や実績を問わない世界を、著者は蓄積の集約ともいうべき哲学で読み解く。
 哲学研究と教育現場での仕事とが見事にリンクしている点が秀逸だ。前述の九章12でハイデガーの諸概念を駆使しながら、「教育とは<新人>の産出・発見」であり「目撃」である。新人とはそれ自体ですべて「である」可能性なのだと言う。
 著者こそ「大型新人」だろう。本書は著者がはじめて出した大衆的作品で、十年格闘してきたエキスであるという理由からだけではない。作品はつねに「第一作」でなければならないというのが著者の矜持(きょうじ)なのだ。だが理念を怖(おそ)れずに、いまが「旬」と思い決め、新旧のテーマを求めて、今後なおどんどん書いてほしいものだ。
ロゼッタストーン・2940円)
 あしだ・ひろなお 1954年生まれ。人間環境大副学長。著書『書物の時間』。
◆もう1冊 
 梅棹忠夫『知的生産の技術』(岩波新書)。知識の披歴ではなく、ノートやカードを使い知識を獲得する実践的な技術を提案する。
    −−「書評:努力する人間になってはいけない 芦田 宏直 著」、『東京新聞』2013年12月15日(日)付。

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