覚え書:「今週の本棚:中村桂子・評 『3・11に生まれた君へ』=「君の椅子」プロジェクト編」、『毎日新聞』2014年03月23日(日)付。

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今週の本棚:中村桂子・評 『3・11に生まれた君へ』=「君の椅子」プロジェクト編
毎日新聞 2014年03月23日 東京朝刊

 (北海道新聞社・1680円)

 ◇誕生の喜び、再び分かち合える社会を

 「日本が息をのみ、言葉を失った『あの日』。筆舌に尽くし難い、壮絶な状況にあった東北の空の下で、産声を上げていた新しい生命(いのち)があります。」

 本書の始まりの文です。二〇一一年三月一一日にはたくさんの生命が失われ、その後避難で体調が悪化して亡くなった方も少なくありません。それを忘れまいと思い続けてきましたが、その日に生まれてきた生命を思うことの大切さには気づきませんでした。

 あの日、被災地三県(岩手・宮城・福島)の一二八市町村(二〇一一年七月現在)で、一〇四の新しい生命が誕生しました。調べたのは、「君の椅子」プロジェクトの方たちです。二〇〇六年以降、旭川大学大学院の磯田憲一教授の提案で北海道の四つの自治体では、誕生した子どもたちに独自のデザインで名前入りの椅子を贈っています。「生まれてくれてありがとう。君の居場所はここにあるからね」というメッセージを込めての贈り物です。

 被災地で生まれた子どもたちにもこのメッセージを送ろうと“希望の「君の椅子」”と名づけたプロジェクトが始まり、名前のわかった九八人に椅子が贈られました。「これまでおめでとうと言われたことのない子だった。でも今日初めておめでとうと言ってもらえたような気がする」「震災の子なんでしょ、と言われることが多かったけれど、希望の子なんだよと言ってくれて、とても楽になり救われた」。お母さんや家族の言葉です。

 その日の記憶の記録をとの願いにこたえて三十一家族から送られた手紙が本書です。生の言葉が、あの日を忘れない日とするための標(しるべ)としての意味を強く感じさせます。仙台市で午後四時四分に出産した大町さん。懐中電灯が照らす中で誕生した赤ちゃんは、血だらけのまま毛布とアルミシートに包まれて記念写真を撮りました。おむつやミルク探しに駆け回る家族、福島第一原発事故、友人が津波で亡くなったことも知ります。でも、健やかに成長している坊やは、「よく笑い、私や周囲を幸せな気分にさせてくれる」のです。

 福島県の菅野さんは、出産途中での大きな揺れ。倒れてくる機材から夫に守られ、急きょ吸引分娩(ぶんべん)に切り替えた院長の処置で午後三時七分無事出産しました。出生届を受けた職員が、「あの日、あの時間に新しい生命が誕生していたのですね」と涙を流しながら「おめでとう」を言い、聞くことも言うこともないと思っていた言葉だと付け加えたそうです。

 「君が生まれてわずか数時間で、世界はまるで変わってしまいました。多くの方が亡くなりました。その中には、君と変わらぬ歳(とし)の子もいたでしょう。ママと同じお母さんもいたでしょう……大自然の猛威が全てを奪うことを知った後、小さな命をこの手にできることの幸せと重みをママは一層強く感じました。生きていてくれてありがとう……」。お母さんたちの共通の気持でしょう。私たちの気持でもあります。

 磯田教授は、「新しい生命の誕生という奇跡のような喜びを、共に分かち合える地域社会をもう一度自分たちの足元に取り戻したい」との願いから「君の椅子」プロジェクトを始めたのです。そして、「君が産声を上げたあの日、君と同じように母なる宇宙から生まれ出ようとして叶(かな)わなかった生命があること」を想像できる人になってほしいと語りかけます。

 あれから三年。皆、元気に走りまわり、話し合っていることでしょう。この子たちが生きる未来が明るいものであるようにと願います。 
    −−「今週の本棚:中村桂子・評 『3・11に生まれた君へ』=「君の椅子」プロジェクト編」、『毎日新聞』2014年03月23日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20140323ddm015070025000c.html





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