覚え書:「今週の本棚:内田麻理香・評 『パンダが来た道−人と歩んだ150年』=ヘンリー・ニコルズ著」、『毎日新聞』2014年03月23日(日)付。

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今週の本棚:内田麻理香・評 『パンダが来た道−人と歩んだ150年』=ヘンリー・ニコルズ著
毎日新聞 2014年03月23日 東京朝刊

 (白水社・2520円)

 ◇類い希なアイドルが社会に投げかけたもの

 アイドル動物、ジャイアントパンダに翻弄(ほんろう)されてきた人間の歴史である。確かに、ジャイアントパンダ(以下、パンダと書く)は動物園の中でも人気で、パンダの出産が報道されるくらい特別視されている。そして、その愛くるしさで人々を魅了してきただけではない。政治・経済などとの結びつきにより、人間社会に大きな影響を及ぼしてきた。

 パンダと人間の歴史は意外と短く、一五〇年程度しかない。パンダは宣教師かつ博物学者であるダヴィドによって、一八六九年に中国四川省の山奥で「発見」された。この「類い希(まれ)な」動物が発見されたことで、今に至るパンダをめぐる騒動が始まった。これだけ珍しい動物が一九世紀後半までほとんど知られていなかったのだ。

 発見されたパンダは苦難の道を歩む。欧米諸国の博物館が標本を目的として、民間の収集家たちの標的として狩猟の対象になったのだ。その後狩猟目的であったパンダが、生きたまま捕獲する対象へと移行し、動物園の人気動物となっていく。

 狩猟の対象であった頃、中華民国では蒋介石の独裁体制が生まれたが、この時期に新政権を支援したアメリカとドイツがパンダ狩猟で優位に立っていたことは、政治状況と関係があるかもしれないと著者は指摘する。この頃から、中国側はパンダを外交のカードとして有効と見なしていたのだろう。その後、中国では不安定な情勢が続くが、その間も中国はパンダを友好の記念として他国にプレゼントしたり、その後はレンタルの引き換えに多額の資金を受けとるなど「商品」として利用するようになった。中国で一九八〇年代末に制定された「野生動物保護法」は、パンダを殺したり、毛皮を密売した場合は、終身刑や死刑を科すという徹底した法律であり、中国がどれだけパンダを重要視しているかわかる。

 愛くるしいパンダを、動物保護に利用した団体がWWF(旧・世界野生生物基金、現・世界自然保護基金)だ。野生動物保護の意識が高まる一方で、いくつもの組織が資金繰り等で失敗してきた。WWFの初期メンバーは、他の諸条件も徹底的に検討したが、その団体のロゴマークをパンダにしたことは成功の大きな要因となる。パンダは野生動物保護運動のシンボルになった。野生動物の保護には資金がかかる。WWFはこのパンダ人気を寄付金集めに使い、それは成功をおさめた。希少で可愛いパンダがシンボルになり、人々の野生動物保護への共感を生み、協力したいという気持ちを引き出す。

 動物園でパンダが飼育されるようになって生まれた問題は、繁殖であった。パンダのお見合い問題はメディアの格好の標的になった。英国のパンダをソ連のパンダとお見合いさせた最初の例では、繁殖は失敗に終わる。そのときの新聞等の見出しはさながら、現在の有名人のスキャンダルなどを取り上げるメディアの報道と変わりがない。他のお見合いのケースでも、大げさに擬人化した風刺漫画が、時代を経て極端になっていった。「英語圏の多くでパンダが愛されると同時にばかにされている背景には、こうした風刺の影響があるのではないか」と著者は考える。これは日本も同じだろう。パンダは人気動物であると同時に、「人寄せパンダ」などの皮肉にも使われる。

 本書は、パンダの愛らしさに振り回された人間を描く一方で、その人間の思惑に同じく翻弄されたパンダの受難の歴史もさらしている。アイドル動物を追うことで、パンダに限らず、動物と人間の望ましい関係を突きつけていると言えよう。(池村千秋訳) 
    −−「今週の本棚:内田麻理香・評 『パンダが来た道−人と歩んだ150年』=ヘンリー・ニコルズ著」、『毎日新聞』2014年03月23日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20140323ddm015070037000c.html





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