覚え書:「今週の本棚・本と人:『民間交流のパイオニア 渋沢栄一の国民外交』 著者・片桐庸夫さん」、『毎日新聞』2014年03月23日(日)付。

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今週の本棚・本と人:『民間交流のパイオニア 渋沢栄一の国民外交』 著者・片桐庸夫さん
毎日新聞 2014年03月23日 東京朝刊

 (藤原書店・4830円)

 ◇重い示唆を持つ実業人の思想−−片桐庸夫(かたぎり・のぶお)さん

 太平洋戦争の影がしのびよる時代、海の向こうの人々から「グランド・オールド・マン」と称(たた)えられ、尊敬を一身に集めた実業人がいた。「論語と算盤(そろばん)」を座右に置いて500に及ぶ日本企業の礎を築きながら、自らは財閥をつくらず、「公益の実践者」の立場を貫いた渋沢栄一(1840−1931)。

 「『日本資本主義の父』と呼ばれる渋沢ですが、政治・軍事と一線を画す経済的互恵への信念や高い倫理意識の下、実業界代表団の相互交流を通じた「国民外交」を展開し、米国、中国、韓国との外交関係を改善に導こうと献身的に活動したことは、あまり知られていません」

 著者は40年前、1925年に創設された「太平洋問題調査会」(IPR)に関する史料に遭遇する。そして、今でこそ一般的な国際NGO(非政府組織)の草分けとなる会議の推移を、自らの大きな研究テーマの一つに据えた。IPRは当時、欧州中心の国際連盟南北アメリカの汎米会議に並ぶ「3大国際会議」に数えられた。その中心が渋沢だった。「IPRには『国連が国家機関ならば、こちらは民間主体で』という、渋沢の先進的な思想が息づいていました」

 米議会で24年、「日本人に真珠湾攻撃の精神的準備をさせた」とさえ言われる排日移民法が可決された後も、すでに80代半ばにさしかかった渋沢は、日本IPRの評議員会会長として、急速に悪化する両国関係をつなぎ止めようと心を砕く。

 外交関係には、当事国双方のナショナリズムの動向が大きな影響を及ぼす。「政府が国民の不満をそらすためにナショナリズムを煽(あお)っても、簡単には流されない相互理解の土壌を日ごろの多層的な交流の中から構築しなければならない。渋沢は身をもってそう示したのです」

 渋沢の没後、日米は不幸な戦争に突入した。「しかし、たとえ成功とは言えなくても、その思想や活動は改めて検討すべき対象になるはず」と考える。

 ひるがえって今、そうした「国民外交」を主導できる実業人がどれだけいるだろうか。群馬県立女子大教授として続けられた渋沢研究の集大成は、喫緊の難題を抱える日中、日韓外交に重い示唆を与える一冊となった。<文と写真・井上卓弥>
    −−「今週の本棚・本と人:『民間交流のパイオニア 渋沢栄一の国民外交』 著者・片桐庸夫さん」、『毎日新聞』2014年03月23日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20140323ddm015070035000c.html





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