覚え書:「今週の本棚・この3冊:ガルシア=マルケス=小野正嗣・選」、『毎日新聞』2014年05月25日(日)付。


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今週の本棚・この3冊:ガルシア=マルケス小野正嗣・選
毎日新聞 2014年05月25日 東京朝刊

 <1>族長の秋(ガルシア=マルケス著、鼓直訳/集英社文庫/864円)

 <2>コレラの時代の愛(ガルシア=マルケス著、木村榮一訳/新潮社/3240円)

 <3>百年の孤独(ガルシア=マルケス著、鼓直訳/新潮社/3024円)

 破格の作家である。書いた長編小説のすべてが傑作で、どれも文体と手法が異なる。しかもそれら傑作群を通して、<文学>の長く複雑な歴史を生き直した。そんなことができたのはガルシア=マルケスだけだ。

 カリブ海の架空の小国の独裁者の死を描いた『族長の秋』は実験的な小説だ。物語を追っているうちに、頁(ページ)から立ち昇るいつ果てるとも知れない過剰な生の熱気と死の腐臭に圧倒され、目まいを覚える。百年近く国家に君臨したとされる年齢不詳の大統領の遺体の描写から、その死に至るまでの途方もない生涯が、「われわれ」民衆の視点から語り出されるのだが、そこに大統領自身も含むさまざまな個人の意識や言葉が変幻自在に編み込まれる。散文詩でも呪文のようでもある音楽的な文章は、小説における二十世紀的な方法意識の一大到達点であろう。

 『コレラの時代の愛』は一転、小説の黄金時代とも言える十九世紀的な長編小説であり、究極の恋愛小説でもある。なにせ愛する女と一緒になるのを五十一年九ケ月と四日(!)待ち続けた男の物語なのだ。半世紀も待つなんてありえない? ところが言葉の魔術師ガルシア=マルケスは、舞台となる十九世紀から二十世紀初頭のコロンビアのカリブ海沿岸(彼の出身地でもある)の風俗や街並みを、そこを満たす人々の声、物音、匂い、空気の肌触りまで伝わってくるほど徹底的に描き込むことで、現実を超えるリアリティーを出来(しゅつらい)させる。彫琢(ちょうたく)された表現が石のように積み上げられ、壮麗な大伽藍(だいがらん)になっていく。読後、その崇高さの前に立ち尽くす我々の耳に、永遠を告げる鐘の音さながら主人公の最後の台詞(せりふ)の余韻がいつまでも残る。

 そしてもちろん『百年の孤独』。マコンドという町を創建したブエンディア一族という「百年の孤独を運命づけられた」家族の栄華と滅亡を語るこの小説で、ガルシア=マルケスは、世界中、とくに植民地化や近代化を強いられた非西洋地域の作家たちに深い衝撃、進むべき指針と励ましを与えた。錬金術さながら、ギリシア悲劇、中世の騎士道物語、ラブレーセルバンテス的伝統、民話やお伽噺(とぎばなし)を、近代西洋の発明した小説という器に溶かし込み、辺境の土地に息づく豊穣(ほうじょう)な<語り=騙(かた)り>の炎で煮立て、誰も目にしたことのない<不滅の宝>を取り出した。その製法をこの小説に残して、我らが愛する魔法使いは永遠に旅立った。心から黙祷(もくとう)。
    −−「今週の本棚・この3冊:ガルシア=マルケス小野正嗣・選」、『毎日新聞』2014年05月25日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20140525ddm015070026000c.html





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