覚え書:「書評:天皇制の隠語(ジャーゴン) すが 秀実 著」、『東京新聞』2014年07月06日(日)付。


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天皇制の隠語(ジャーゴン) すが 秀実 著  

2014年7月6日

◆社会の実相に向かう思考
[評者]稲川方人=詩人
 表題作となった巻頭の「天皇制の隠語」は、主に一九三〇年代初期に議論が展開された「日本資本主義論争」の検討を起点に、わが国の思想・文学批判を試みる。この書き下ろし長篇論文を、著者自身は時代錯誤と見えるかもしれないと遠慮がちに言う。時代錯誤とは時代からの遅れと言うこともできる。だが、時代からの遅れと時代を見誤ることとははっきり異なる。
 『革命的な、あまりに革命的な』から『反原発の思想史』と本書に至る近著から今更のように思い知らされるのは、たとえ何であろうと対象を見誤らないことに意識を傾けるすがの思考の基盤であることは強調したい。自分が捉えようとしているものの実相に向かう思考は繊細であり、なにより徹底している。三百枚を超える長論「天皇制の隠語」がそのことを明らかにする。
 明治維新を経る日本の資本主義政策がなぜ成功したのかと問い、そこに封建主義を背景にした「天皇制」を見いだすすがの問題意識がわが国の近現代の思想・文学史の欠陥に迫る。明治期以降百年余りの間の膨大な文献を改めて遡(さかのぼ) ることですがが注意深く自身に課すのは、それらの多くの著者たちがそうであったような思考の「短絡」を避けることなのだ。
 「資本主義の成立過程」とそれに付随する「天皇制」を、思想・文学がいかに表象してきたかを検討する作業自体はたしかに「迂回(うかい)」だが、その先に見つめられているのは、取り返しのつかない状態に立ち入っているかもしれない現在の「社会」である。「68年革命」以後に生起したさまざまな課題に積極的な言論(および行動)を維持し続けているすがの姿勢が、市民社会論や文芸・映画批評を加えた本書によって率直に提示される所以(ゆえん)である。日本社会の価値体系の全容を露(あら)わにしてしまったような3・11を経たいま、国家と社会がわれわれの生存にどのように反映しているのか、この大著はまずそのように読まれるべきではないだろうか。
(航思社・3780円)
 すが・ひでみ 1949年生まれ。文芸評論家。著書『「帝国」の文学』など。
※すが は、糸へんに圭
◆もう1冊 
 小山弘健・山崎隆三著『日本資本主義論争史』(こぶし書房)。一九三○年代の講座派と労農派の資本主義や天皇制をめぐる論争史。 
    −−「書評:天皇制の隠語(ジャーゴン) すが 秀実 著」、『東京新聞』2014年07月06日(日)付。

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http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2014070602000171.html





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