覚え書:「今週の本棚:小島ゆかり・評 『万葉びとの宴』=上野誠・著」、『毎日新聞』2014年08月03日(日)付。

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今週の本棚:小島ゆかり・評 『万葉びとの宴』=上野誠・著
毎日新聞 2014年08月03日 東京朝刊

 (講談社現代新書・864円)

 ◇古代酒宴の様相と神髄、巧みに魅了

 著者は、宴会と金言が大好きな人らしい。上代文学の専門家である以上に、宴会の専門家ではないかしらと思うほど、おもしろく深くわかりやすく、古代の宴(うたげ)の有り様(よう)と日本の酒宴の神髄を伝えてくれる。さらに要所要所で、「ここで、金言を−−。」と、ちゃっかり持論を繰り出してくる。おやおやと思いつつも、いつのまにか巧みな展開に引き込まれて一冊を堪能する。本書で紹介される古代の宴を、まるで著者自身がしきっているかのような、はつらつとした空気が魅力的である。

 今日、私たちは、政治と芸術というものを、別々のものとして理解している。しかし、それは、現代を生きるわれわれのものの考え方でしかない。考えてもみるがよい。ともに酒を飲み、あい歌い、和することこそ、政治の原点ではないのか? そして、どのように席次を決めるのか、それはホームパーティーにおいても、国賓晩餐(ばんさん)会においても、悩ましい政治(、、)問題だ。まさに、政治の原点。(中略)日本の芸術は、その源のすべてが宴にあるといっても過言ではない。すべては、客をもてなすための工夫に由来しているのである。(中略)その工夫を技に高め、自らの技を磨くことで、自らの生き方を求道する「芸道」にまで高めた日本人。だとすれば、宴について考えることは、日本文化について考えることにつながってゆくはずだ。(中略)本書は、万葉学徒による宴の文化論でもあるのだ。

 (プロローグ−−「うたげ」とは)

 「宴と歌の関係」から「宴のお開きにあたり」までの十章構成。『古事記』『日本書紀』に、宴にかかわる歌の基本的なパターンを見出(みいだ)し、さらに『万葉集』の宴の歌とその場面を、のびやかに読み解く。額田王大伴旅人・家持などスター歌人たちが登場する宴の模様、正月の歌の型、あるいは型破りのバリエーション、愛誦歌(あいしょうか)やいわゆる「おはこ」について。また、個々の宴をながめた上で古代の宴の流れとお開きの様相を探る。歌の表現の意図やその場の状況が、細やかに、かつ想像力ゆたかに記され、ともすればそこに参加しているような充実感が味わえる。

 たとえば、第五章「雪かきして酒にありつこう」。天平十八(七四六)年、都が久邇京から平城京に戻ったばかりの正月。しかも吉兆とされる新年の雪。退位して太上天皇となった元正太上天皇のお住まいの雪かきを、と左大臣橘諸兄(たちばなのもろえ)ら高官たちが参内(さんだい)した。が、雪かきは名目で、おそらく宴会が目的。はたして、酒宴が催され、この雪を題として歌を奏上せよとの詔が出された。

 そこでまず最高位六十三歳の諸兄が「降る雪の白髪(しろかみ)までに大君(おほきみ)に仕(つか)へ奉(まつ)れば貴(たふと)くもあるか」と詠み、続いて四人が、降る雪の光を、山峡の雪景色を、吉兆を、平城京を詠んだ。これらの五首が、諸兄の開宴歌を通奏低音として歌い継がれていることを、著者は次のように示す。

 三九二二番歌「雪といえば、わが白髪頭−(橘諸兄)」、三九二三「雪といえば、その光−(紀清人(きのきよひと))」、三九二四「雪といえば、山にも谷にも降る雪−(紀男梶(きのおかじ))」、三九二五「雪といえば、新年の新雪は吉兆−(葛井諸会(ふじいのもろあい))」、三九二六「雪といえば、その光。大宮の内にも外にもわけへだてない光−(大伴家持)」。

 この年、この状況、このメンバーでの正月の宴のプロセスと、帝王の徳を讃(たた)える儒教文化圏における宮廷文芸(歌)の姿を、あざやかに捉えている。 
    −−「今週の本棚:小島ゆかり・評 『万葉びとの宴』=上野誠・著」、『毎日新聞』2014年08月03日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20140803ddm015070048000c.html





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