覚え書:「Listening:<慰安婦問題報道>元朝日2記者への止まらぬ攻撃」、「月いち!雑誌批評:冷静な言論の場を=山田健太」、『毎日新聞』2014年10月20日(月)付。

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Listening:<慰安婦問題報道>元朝日2記者への止まらぬ攻撃
2014年10月20日

(写真キャプション)記者会見する「負けるな北星!の会」の呼びかけ人たち=東京・永田町で6日、青島顕撮影


<読者投稿・Listening>あなたの声を聞きたい
 慰安婦問題の報道に関わった元朝日新聞記者2人がそれぞれ勤める大学に、脅迫文が届いていたことが相次いで発覚した。2人はインターネット上でも「反日」などと攻撃されているが、冷静な議論でなく暴力で言論を封じようとする行為には市民らからも批判の声が上がる。当事者の元記者らに話を聞きながら、今回の問題を検証した。【山下智恵、青島顕、北村和巳】

 ●北星学園

 元朝日新聞記者の植村隆氏(56)が非常勤講師を務める北星学園大(札幌市)には5月と7月に脅迫文が届いた。植村氏は大阪社会部記者時代、1991年8月11日朝刊(大阪本社版)で韓国の元慰安婦の証言を他メディアに先駆け報じた。2012年4月から、同大の非常勤講師として留学生向けの講義を担当。今年3月に朝日新聞社を退職した。

 北海道警などによると、5月に届いた脅迫文には「売国奴植村をなぶり殺しにする」「辞めさせないと学生を痛めつける」と記され、押しピンのようなものが約10本同封されていた。7月の文面は「爆弾を送る」などとエスカレートした。同大によると、3月中旬から採用を疑問視したり辞めさせるよう求めたりする電話や電子メールが届き始め、「大学を爆破する」との電話などが1日数十件寄せられる日もあったという。脅迫文については道警が威力業務妨害容疑を視野に捜査している。

 植村氏は9日、毎日新聞の取材に応じた。

 激しい攻撃のきっかけは今年1月発売の週刊誌に載った記事。植村氏の慰安婦報道を「捏造(ねつぞう)」とした上で、4月から関西の大学で教授を務めると報じていた。以降、ネット上に「植村を辞めさせろ」との書き込みが広がり、この関西の大学に1週間で250件以上の電子メールや電話が殺到した。大学側は「対応できない」と植村氏との雇用契約を解消。ネット上には「吉報」「次は北星に電話だ」との文字が現れた。

 攻撃の矛先は職場だけではなかった。公表していない自宅の電話番号がネット上に掲示され、見知らぬ人物から嫌がらせの電話がかかるようになった。高校生の長女の写真が名前とともにネット上にさらされ、「売国奴の娘」「自殺するまで追い込む」などと中傷された。同姓の長男の同級生が名前と写真をネット上に載せられ「売国奴のガキ」と書き込まれることもあった。

 植村氏は「元慰安婦に関する記事に捏造はない。異論があったとしても、家族や職場への攻撃は卑劣だ。今後、手記を発表するなどして、きちんと説明したい」と話す。

 北星学園大の田村信一学長は「大学自治を侵害する卑劣な行為。学生や植村氏との契約を誠実に履行すべく、万全の警備態勢を取りながら講義を継続する」としている。

 ●帝塚山学院

 別の元朝日新聞記者(67)が教授を務めていた帝塚山学院大(大阪狭山市)にも9月13日に脅迫文書が届いた。朝日新聞は「戦時中に韓国で慰安婦狩りをした」とする吉田清治氏(故人)の証言を虚偽と判断して関係記事を取り消しているが、元記者は一部の記事を執筆していた。

 捜査関係者によると、文書は大学に複数郵送され、元記者が虚偽証言の記事を書いたことを批判し「辞めさせなければ学生に痛い目に遭ってもらう。くぎを入れたガス爆弾を爆発させる」との趣旨が書かれていた。大阪府警が威力業務妨害容疑で捜査している。

 元記者は9月13日付で退職した。大学側は「退職は本人の以前からの申し出によるもので、たまたま(脅迫文書と)時期が重なった」と説明。退職以前から多くの意見が寄せられ、現在は学生の安全確保を最優先に警備を強化しているという。

 毎日新聞の取材に元記者は「心理的に参っており、心の整理もついていない。朝日新聞慰安婦報道に関する第三者委員会で話を聞かれることになるだろうから、今はコメントする時期ではないと思う」と語った。

 朝日新聞は8月5日朝刊の特集紙面で、元記者が1982年9月、吉田氏に関する記事を最初に書いたとしたが、その後に初報の執筆者は別の記者だったと訂正している。

 ◇「言論封殺」と作家ら憂慮

 今回の事態には、マスコミ関係者だけでなく市民からも憂慮する声が上がった。

 植村氏が非常勤講師を務める北星学園大を支援しようと、作家の池澤夏樹さんや田中宏・一橋大名誉教授らが呼びかけ人となり、市民も参加して「負けるな北星!の会」が6日に設立された。北星学園大の卒業生らも暴力に屈せず自治と学問の自由を守るよう求める要請書を大学側に提出している。

 日本新聞労働組合連合新聞労連)の新崎盛吾委員長は「内容や経緯のいかんを問わず、意に沿わない記事を書いた取材者を社会から排除しようとする行為は、言論の封殺につながり絶対に看過できるものではない」との声明を発表。日本ペンクラブ浅田次郎会長)も「言論や学問の自由を暴力によって封じようとする行為は断じて許されない」とする声明を出した。菅義偉官房長官下村博文文部科学相も「脅迫やそれに近い行為がなされるということであれば、許されるものではない」などと批判している。

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 ◇元朝日新聞記者2人と勤務先への脅迫の経緯

1月末   「朝日新聞記者の植村隆氏が関西の大学教授に就任予定」と週刊誌報道この大学に「辞めさせろ」と電話、メールが殺到

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3月    関西の大学が植村氏と雇用契約解消

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      植村氏が非常勤講師を務める北星学園大にも電話やメールが届き始める

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5月29日 北星学園大に脅迫文届く

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7月28日 北星学園大に2通目の脅迫文

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8月 5日 朝日新聞従軍慰安婦問題の検証紙面。植村氏の記事に「事実のねじ曲げはない」

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9月13日 別の元朝日新聞記者が教授を務める帝塚山学院大に脅迫文届く。元記者は同日付で退職 
    −−「Listening:<慰安婦問題報道>元朝日2記者への止まらぬ攻撃」、『毎日新聞』2014年10月20日(月)付。

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http://mainichi.jp/journalism/listening/news/20141020org00m040003000c.html


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月いち!雑誌批評:冷静な言論の場を=山田健太
毎日新聞 2014年10月20日 東京朝刊

 この2カ月間の総合月刊誌の特集は、見事に「朝日問題」一色に染まった。はじめに各誌の背表紙を列挙してみよう。「WiLL」朝日「従軍慰安婦」大誤報(10月号)、歴史の偽造!朝日新聞と「従軍慰安婦」(11月増刊)▽「Voice」朝日の慰安婦報道を叱(しか)る(10月号)、さよなら朝日(11月号)▽「正論」朝日新聞炎上(10月号)、堕してなお反日朝日新聞(11月号)▽「新潮45朝日新聞の落日(10月号)▽「文芸春秋」朝日「慰安婦誤報」を越えて(10月号)▽「中央公論」メディアと国益(11月号)−−と6誌が厳しく批判する立場だ(文春は11月号でも大特集「朝日新聞の『罪と罰』」を組むほか、週刊文春臨時増刊として文芸春秋の過去記事等を再録した「『朝日新聞』は日本に必要か」を刊行)。「世界」は唯一、背表紙から外したものの一番ページを割いた特集は「メディア・バッシングの陥穽(かんせい)」(11月号)だった。

 もちろん、中身を詳細に読めば新潮45にも文春にも異なる視点のものが存在する。しかし雑誌の作り自体は、世論をあおることはしても議論を深める役割を果たしているとは言い難い。

 「論壇」の伝統的な場は総合月刊誌であるが、現在の7誌の論調は総じて「保守」路線で、唯一の「リベラル」系である「世界」の発行部数は相対的に多いとはいえない状況だ。その結果、論壇が単色化し、一方的言説に埋め尽くされる状況を生み出し、その象徴的事象が今回の事例である。ネットによくみられる「炎上」をもたらす過剰で、時に感情的な攻撃と同じ事態が生じている。敵を倒し、勝ち負けをはっきりさせたいという、ある種ゲーム感覚の攻撃スタイルもネット空間に似ていて、もはや、冷静で大人の言論空間であった論壇ではなくなっている。

 さらに<朝日報道は国益を損なったのであり、責任をとって廃刊せよ>との主張が目につくのも特徴だ。論壇で「国益とは何か」は大いに論じるべきだが、国益を損ねるメディアをウオッチするのがジャーナリズムの仕事ではないはずだ。政府と一体化して批判を繰り返すことは、国民を置き去りにした議論で、失われたメディアの信頼を雑誌自らがさらに失墜させる方向に作用させることになると危惧する。=専修大教授・言論法
    −−「月いち!雑誌批評:冷静な言論の場を=山田健太」、『毎日新聞』2014年10月20日(月)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20141020ddm004070042000c.html

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