覚え書:「耕論:『イスラム国』を考える 保坂修司さん、ポール・ロジャーズさん、中田考さん」、『朝日新聞』2014年10月23日(木)付。

5_2

        • -

耕論:『イスラム国』を考える 保坂修司さん、ポール・ロジャーズさん、中田考さん
2014年10月23日

 イラクとシリアにまたがる地域で勢力を広げる「イスラム国」。空爆が続く一方で、日本の大学生も参加しようと試みた。そこにはどんな人たちが、どんな理由で引き寄せられるのか。

 ■境遇への怒り、暴力で解放 保坂修司さん(日本エネルギー経済研究所研究理事)

 国家を模した仕組みを築こうとしていることが、「イスラム国」の特徴です。「県」にあたる地方組織もあり、イスラム法に基づく徴税や治安維持、情報管理などを実施しているとされますが、実態は不明です。

 戦闘員には欧米や中東・北アフリカの出身者も多く含まれている。2011年に内戦が始まったシリアには1万2千人以上の外国人が戦闘員として流入したとされ、その何割かが「イスラム国」に入ったようです。戦闘員は数千人から数万人との観測もありますが、これもまだ不明です。

 「イスラム国」は今年1月から攻勢を強め、イラク第2の都市モスルなどを陥落させた。さらにシリア北部ラッカを含め、両国国境にまたがる一帯を電撃的に制圧しました。イラク戦争後に排斥された旧フセイン政権時代の軍人や諜報(ちょうほう)機関、治安関係者たちの合流が、統率が取れた軍事力行使の背景として指摘されます。確かに、政府軍から奪った戦車やミサイルを早くも使いこなしています。

 そして「イスラム国」は6月、指導者のアブバクル・バグダディ容疑者がカリフ(イスラム共同体の最高指導者)を名乗りました。オスマン帝国崩壊後の1924年から不在だったカリフ制再興という理想は、アルカイダムスリム同胞団など従来のジハード(聖戦)主義、イスラム主義組織も掲げてきました。それを現実のものにしたのです。

 同時に英仏などが第1次大戦中に定めた、イラクとシリアとの国境を「破壊」すると主張しました。欧米の価値観に反発を強めてきた一部のイスラム教徒の心をこうした主張はつかんでいる。だから次々に戦闘員が集まるのでしょう。

 そして、集まる戦闘員の多くは、様々な怒りを抱えるイスラム教徒たちです。「アラブの春」で独裁が崩れたリビアなど中東・北アフリカの国々は今も安定せず、多くの若者が職にも就けず、失望を深めています。欧米に移住したイスラム教徒たちも、イスラム教徒に対する差別への不満が根強い。

 こうした若者たちにとって、「イスラム国」に加わることは抑圧された境遇から解放されるための「一発逆転」の場と言える。例えば、自爆テロなどでは「イスラム国」が掲げる理想の実現というよりも、「殉教して天国に行くこと」が目的化している面が大きいと、私は見ています。

 本来、イスラム教は自殺を禁じ、無実の人を殺害することを認めていません。それにもかかわらず、暴力的な価値観が幅をきかせているのは、中東などイスラム教徒が多く暮らす地域で、多くの若者たちが疎外され、希望を失い、怒りや不満をたぎらせていることの表れだといえます。(聞き手・山西厚)

    *

 ほさかしゅうじ 専門はペルシャ湾岸地域の近現代史、中東メディア論。近畿大教授などを歴任。著書に「新版―オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦」など。

 ■挑発して欧米を揺さぶる ポール・ロジャーズさん(英ブラッドフォード大学教授)

 「イスラム国」がおぞましい斬首を繰り返すのは、挑発目的です。イスラム憎悪をかき立てることで欧米を戦争に引きずり込み、揺らがせる意図なのです。

 宿敵・米国がまたもイスラム教徒を攻撃している中、自分たちこそが守護者だと名乗れば、支持を得やすいという計算があります。大義に従うよう圧力を強め、若くて感受性が強い人物を誘い込みやすくもなる。もちろん、イスラム教徒の圧倒的大多数は応じませんが、巧みな勧誘に取り込まれる者もいます。

 非イスラム教徒で「イスラム国」に魅力を感じる人々の数は、実際はかなり少ない。中東以外の地域からの加入も、大半はイスラム教徒か、ごく最近改宗した人物。どんな宗教でも改宗者には最も強い献身の動機があります。「イスラム国」はそこにつけ込み、新たな人生の意味を与えるのです。

 英仏などから合流した人数は200〜300人がせいぜい。しかも、欧州に戻ってきた大多数の者が「イスラム国」に幻滅しており、テロリスト候補とはいえなくなっています。

 ただし、欧州発のメンバーの存在を大きく扱うことは、「イスラム国」の利益にかなう。人質を斬首する映像に、ロンドンなまりの英語を話す若者が出てきます。実際の処刑者なのかどうか確認できませんが、英国内でイスラム憎悪を扇動するために出している可能性もある。

 「イスラム国」には、極端なイスラム思想を持つ指導者たちがいます。彼らにとって、時間は問題ではありません。目標とするカリフ制国家建設のためならば、数十年単位で時間をかけることすら考えているのです。

 米欧の空爆作戦は、彼らの挑発にはまることになる過ちだったのではと憂慮しています。「イスラム国」の戦闘能力の中核は、イラクでの激しい戦闘を生き延びてきた集団。初期段階ですでに、戦闘員たちはより広く拡散し、新たな空爆目標を見つけるのは困難になりました。空爆を続けるほど、巻き添えになる市民の犠牲は増えます。

 そこで米軍幹部の中からは、地上軍投入をという声も出ています。おそらく、それこそ「イスラム国」が待ち望んでいることです。もし米兵を捕虜に取り、斬首すれば、多大な衝撃をもたらすことができる。

 一方、「イスラム国」が現実にカリフ制国家を作ったとしても、10年以上は持たないのではないでしょうか。彼らが望む完全な厳格さの下で住民を支配し続けることは無理だからです。

 2001年の同時多発テロを米国が「戦争」とみなし、裁判なしの拘束や拷問などを行った結果、中東世界には苦い感情が残っています。西洋文明を脅かすような脅威とみなされることを「イスラム国」はむしろ歓迎するでしょう。(聞き手・梅原季哉)

    *

 Paul Rogers 43年生まれ。国際紛争論、平和学。著書に「なぜ我々は対テロ戦争に敗れつつあるのか」など。英メディアで国際安全保障についてコメントする機会も多い。

 ■「平等」の理想、学ぶ価値ある 中田考さん(イスラム法学者

 シリアの「イスラム国」支配地域に9月初めに入りました。スパイ容疑で拘束された日本人男性の裁判での通訳を、「イスラム国」側から頼まれたためで、5回目の訪問でした。

 支配地域の「移民管理局」では、書類に、日本人ハサン(中田氏のムスリム名)と書くだけ。旅券も確認されず、携帯電話使用も制限されませんでした。イスラム教徒の来訪は拒まず、入国が認められた人ならば安全に支配地域に入り、安全が保証されている印象です。

 5日間の滞在中に出会った戦闘員はドイツ生まれの白人、エジプト人など出身地や人種は様々。イスラム教が守られているという実感、自分たちの信仰を思うように実践できる喜びが共通していました。彼らも「イスラム国」のリーダーたちも「サラフィー・ジハード(聖戦)主義者」です。7世紀に完成したイスラム教の聖典コーランの内容を厳格に解釈し、実行するためには武力闘争を辞さないと考える。出身国では迫害され、居場所がありませんでした。

 預言者ムハンマドの後継であるカリフが「イスラム国」で再興されたことに世界史的な意義があると思います。イスラム教徒ならば国籍や民族で差別されることはない「イスラムの下の平等」が、コーランの教えの核心です。富の格差を認めず、近代にできた国境にも縛られない。そうした理想を実現できる場所と期待すればこそ、世界中からイスラム教徒が「イスラム国」に集まるのです。

 ただ、集まった人々にカリフ制再興への実感は薄く、むしろ礼拝義務の励行や女性が頭を覆うヘジャブの着用など、コーランの表面的な規定を忠実に実現できる場が誕生したことを喜んでいるように見えます。

 支配地域で暮らす人々の99%はサラフィー・ジハード主義には無関心です。戦闘や空爆に巻き込まれて亡くなる人も多く、「イスラム国」支配に積極的に抵抗しないものの、迷惑に感じるような空気もありました。

 「イスラム国」に兵士として参加しようとしたとして日本の大学生が警察の捜査対象となり、私も事情聴取に応じました。警察官には「大学生が行けなくなって残念に思う」と答えました。日本は米国の同盟国でありながら、「イスラム国」に敵視されていない数少ない国の一つです。「イスラム国」で暮らし、世界との懸け橋になる日本人が一人でも多い方が、「イスラム国」や日本、世界にとって良いと考えるからです。

 暴力を肯定するサラフィー・ジハード主義の考え方は日本社会には受け入れがたいでしょう。けれども「イスラム国」での実現が期待されているイスラムの理想には学ぶ価値があると私は考えています。(聞き手・山西厚)

    *

 なかたこう 60年生まれ。カイロ大大学院で博士号取得。在サウジアラビア大使館専門調査員や同志社大学教授などを歴任。著書に「イスラームのロジック」など。
    −−「耕論:『イスラム国』を考える 保坂修司さん、ポール・ロジャーズさん、中田考さん」、『朝日新聞』2014年10月23日(木)付。

――
 





http://www.asahi.com/articles/DA3S11416330.html





52_2



Resize2515