覚え書:「<そこが聞きたい>日本の社会的養護 土井香苗氏」、『毎日新聞』2014年10月29日(水)付。


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<そこが聞きたい>日本の社会的養護 土井香苗氏
2014年10月29日

 ◇少なすぎる里親委託−−ヒューマン・ライツ・ウォッチ日本代表、土井香苗氏

 国際人権NGO「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」(HRW)がまとめた、親元で暮らせない子どもたちの「社会的養護」==の日本の実態に国際的な波紋が広がる。土井香苗日本代表に聞いた。【聞き手・鈴木敦子、写真・矢頭智剛】

−−国連が制定した「子どもの権利条約」採択から11月で25年を迎えますが、日本の社会的養護の在り方は再三改善を求められています。

 三つの問題があります。まず、施設偏重になっていること。次に、里親や養子縁組への支援が乏しいこと。そして、自立支援が足りないことです。厚生労働省によると、日本で社会的養護下にある子どもは約3万9000人で、そのうち約85%が施設で、約15%が里親などの家庭で暮らしています。

 「子どもは家庭で育てられるべきだ」というのが世界のスタンダードであり、国連は子どもの権利として明記し、厚労省も「里親委託優先の原則」を打ち出しています。それにもかかわらず、日本は世界でもまれに見る「施設大国」で、子どもの人権への配慮が不十分です。施設養育そのものが虐待という見方もあります。

−−5月に報告書「夢がもてない−日本における社会的養護下の子どもたち」を公表しました。海外メディアの反応が大きかったようですね。

 社会的養護の関係者202人にインタビューしました。そのうち59人は施設や里親家庭で育った経験のある大人や子どもです。英国のBBCや中東のアルジャジーラが関心を持ち、放送してくれました。彼らが驚いたのが施設収容率の高さと乳児院の存在。ある英国人学者からは「今の日本は19世紀の英国の孤児院と同じだ」と指摘されました。英国は里親委託率が7割を超えています。

 もちろん諸外国にも施設はありますが、役割は日本とは正反対です。先進地では、障害がある、家庭と合わないという理由で、特別なケアが必要な子どもが入ります。そのため、例えば、英国では子ども1人に職員1−1・5人が配置されていますが、日本では職員1人が子ども5・5人をケアしているのが実情です。

−−なぜ施設が良くないと考えるのですか。

 集団養育だからです。子ども、特に脳の発達が著しい0歳児にとって、職員が複数の子どもを世話する環境では、発達に影響が出るという研究結果があります。職員が悪いのではなく、1人で何人も見るという基準に無理がある。枕ミルク(哺乳瓶を枕に立てかけて飲ませる)で授乳せざるを得ないのが現実です。

 プライバシーの問題もあります。大部屋にベッドが並べられ、プライベート空間は各自のベッドの上だけ、という施設は少なくありません。子ども同士や職員からのいじめ、基本的な生活習慣が身につかないなどの問題もあります。

−−なぜ改善されないのでしょう。

 国民が「知らない」からだと思います。保護された子どもは施設の中にいるので外から見えないし、その後どういう人生を送っているのかも周りには分かりません。だから、問題に気付いてもらえない。無関心が最大の理由だと思っています。

 私は乳児院をなくし、児童養護施設を最後の手段にすべきだと思っています。それには里親委託をもっと推進しなければなりません。

−−どうすれば推進できますか。

 まさに二つ目の問題に関連します。現在、里親登録者のうち子どもを委託されているのは4割弱、実際には里親が余っているのです。理由は児童相談所が里親委託に消極的だったり、実親が同意しなかったり。里親の中にも、委託された子どもを虐待したり、年齢や性別などで注文を付けたりなど「不適格」な人はいます。けれど、「だから里親がだめ」ではなく、多くの人に里親になってもらい、研修などを通じて質を高め、一方で不適格な人をふるい落とし、里親家庭を支援していくという仕組みが大切なのです。

−−「自立支援不足」については?

 日本の社会的養護は原則18歳までですから、18歳になると施設から出されます。養子縁組や里親委託でない場合、一人で生きていかなければなりません。お金も生活力も不十分なのに、セーフティーネットがないのです。あと数万円あれば、1週間でも泊まれる場所があれば転落しなくて済んだのに、という状況は珍しくありません。また、日本は高等教育にお金が掛かりすぎるので、経済的理由で大学や専門学校への進学をあきらめる子どもは多いです。給付型奨学金などを充実させるべきです。

−−具体的な戦略はありますか?

 報告書と同時にビデオを制作し、インターネットで公開しました。既に4万回以上視聴してもらっています。他には子育てに関連するイベントや、産婦人科や小児科など子どもに関心のある人たちが集まる場所での広報です。里親や、そこで暮らす子どもたちの声を実際に聞いてもらうことが大切だと思っています。「親が育てられなくても子どもは家庭で養育されるべきだ」という意識が社会常識になってほしい。時間はかかっても、できると思っています。

 ◇聞いて一言

 社会的養護は一見、遠い世界の話のようだが、関係者を取材していると、近所や親戚との付き合い、助け合いのコミュニティーの延長にあるものだと実感させられる。土井さんが「里親の普及に必要とされるのはスーパーマンでなく、普通のパパやママなんです。そして子育てをシェアできる環境」と話すように、大切なのは社会全体で子どもを見守り、育てていくという発想ではないだろうか。この意識を共有できれば、親の孤立化を防ぎ、虐待の抑止にもつながると思う。

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 ■ことば

 ◇社会的養護

 主に施設養護と里親制度がある。施設養護には乳幼児を保育する乳児院▽3歳ごろから高校卒業までの子どもを養育する児童養護施設▽義務教育終了後、児童養護施設を退所した15−19歳ぐらいの子どもが集団生活する自立援助ホーム−−などがある。近年100人以上の大規模な施設から少人数のユニット形式に移行する施設が多く、施設数自体は増えている。

 里親制度には、一般的な「養育里親」、障害や虐待によるトラウマなどを持つ子どもを委託される「専門里親」、養子縁組を希望する「養子縁組里親」、3親等以内の子どもを養育する「親族里親」と、里親家庭で5−6人の子どもを育てる「ファミリーホーム」がある。例えば養育里親の場合、自治体で認定を受けた後、5年ごとに登録を更新する。子ども1人につき月額7万2000円の里親手当▽生活費4万7680円(乳児は5万4980円)▽教育費▽医療費−−などが支給される。

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 ■人物略歴

 ◇どい・かなえ

 1975年神奈川県生まれ。アフガニスタン難民弁護団などで活躍。HRW本部でのフェロー(特別研究員)を経て2009年に東京オフィスを開設、代表に。
    −−「<そこが聞きたい>日本の社会的養護 土井香苗氏」、『毎日新聞』2014年10月29日(水)付。

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http://mainichi.jp/journalism/listening/news/20141029org00m030006000c.html





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