覚え書:「ニュースの扉:R・キャンベルさんと聞くヘイトスピーチ 憎悪の先、見えない『日本』」、『朝日新聞』2014年11月03日(月)付。

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(ニュースの扉)R・キャンベルさんと聞くヘイトスピーチ 憎悪の先、見えない「日本」




日韓断交を訴えるデモ行進を見つめるキャンベルさん=東京都新宿区
 人種差別をあおるヘイトスピーチ(憎悪表現)をどう食い止めるか。街頭では、いまも声高に差別を叫ぶデモが繰り返されている。日本文学研究者のロバート・キャンベルさんと問題の根を探った。

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 デモ隊は日章旗を掲げて歩き始めた。10月下旬、東京・新宿の昼下がり。ざっと100人が「日韓、断交」のシュプレヒコールをあげた。《「韓国」を壊せ。日本を救うために。日韓国交断絶国民大行進in帝都》。主催は、「在日特権を許さない市民の会」(在特会)の関係団体だ。「韓国製品を買うな」といった主張を書いたプラカードも手にしている。

 歩道にはデモに反対する「カウンター」と呼ばれる人たち。「レイシスト(人種差別主義者)帰れ」「ヘイトやめろ」と批判を浴びせる。デモ隊側は叫ぶ。「クソまみれの朝鮮人」「ゴキブリ朝鮮人をたたき出せ」

 もし外国人に「ゴキブリ」と言われたら――。キャンベルさんも表情を硬くした。「断交は安全保障上、一番危険なこと。誰が幸せになるんでしょうか。主張の核は、朝鮮半島の人たちや在日の人たちへの単なる憎悪でしかない。その先に何が達成されるのか見えません」

 排除の論理は「世界に誇れる日本」からも乖離(かいり)していると感じる。「在日の人たちの表現活動を抜きに、文学や映画、舞台などの芸術は語れない。日本に寄り添いつつ、同化しないそのあり方が文化の多声性を生み、訴求力を高めた。それがクールジャパンにもつながっています。在日の人を排除すれば日本の文化はやせ細るでしょう」

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 デモ隊はJR新宿駅南口に向かう。街行く人たちは、困惑したような表情を浮かべている。

 では、デモ隊が「救う」と思い描く日本とは何なのか。キャンベルさんは「彼らの『日本』はどの時代にもない」と話す。

 歴史的に見て、日本の保守本流は「取り込む日本」を志向してきた。役に立つものは受け入れ、調整し、社会基盤の強化に充ててきた。「『排除』のみの論理で活動する集団は、これまでの日本のあり方からは想像もつきません」

 右でも左でもなく歴史的にも「新しい集団」。それはデモ隊の主張からも見えてくる。いわゆる「在日特権」の撤廃だ。朝鮮半島が日本の植民地だったため、戦前から国内にいた在日韓国・朝鮮人らは特別永住者になれる。例えば特別永住者は、就労ビザで入国した外国人などと比べて就労に制限はない。これは一般永住者も同じだが、差別的な特権の一つだというのだ。

 一般永住者のキャンベルさんは「特別永住者が優遇されてきたとは思えない」という。30年ほど前、来日して出会った在日韓国人の学生を思い出す。就職活動を始めた仲間たちを横目に、彼は就職を諦めていた。在日というだけで、仕事を見つけるのが難しかった。

 その後、マイノリティーへの差別は徐々に改善され、韓流ブームもあって、在日の壁は少しずつ下がってきたともいわれる。だが、それも「10年ほど前からの日本」だ。「そういう時こそ危ない。歴史の流れを無視して、在日の人たちが長年経験してきた苦労をなかったことのようにしてしまう」

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 出発から1時間後、デモ隊は新宿区内の広場で解散したが、収まらない一部の参加者がカウンターの人とののしり合いに。「お前は俺と違う、だから黙れ、と言って自らの立場を高めようとする精神性が日本にはあります。一見強い子が校庭でやっていますよね」

 仲間はずれにして、孤立に追い込む。傍観者は「関わりたくない」と目を背ける――。「いじめ」の構図にそっくりだ。

 「憎しみの連鎖が肥大化するのは、阻止しないといけない。『見ないふり』をするのはよそう、と思いました」

 (文・高津祐典、写真・上田潤)

 ■キャンベルの目 近現代史を知り、議論深めて

 ヘイトスピーチなんて何を言っているのか分からない、と見て見ぬふりをする。デモに遭遇した人たちが見せた「関わりたくない」という表情は、多くの人に共通する感覚だと思います。

 日本では文句を言わない方が美徳とされることが多い。私が生まれ育った米国流の主張する文化からみると好ましくも見えますが、何も言わないで通り過ぎること自体が問題を大きくしているのではないでしょうか。

 ヘイトスピーチをする彼らは、自分たちの情緒の世界のなかに完結して生きているようにみえます。ただ、声高に主張すればするほど、ネット上では少しずつ「いいね」が増えていく。それが実態かのように、彼らの力になる。

 日本人は自分たちの近現代史を知らなすぎます。例えば占領期が何年続き、どんな政治体制だったのか。大学生でも答えられない人が多い。これでは、どの立場であっても議論は薄く、堂々巡りの感情論になってしまいます。

 メディアの問題もある。米国の主要な新聞は、例えば同性婚や中絶といった世論が二分される問題を継続的に取り上げています。日本のメディアは何かが起こらないと報じない。これでは議論が深まりません。

 ドイツは社会の様々なレベルで、ナチス政権下にあった戦時中の問題を議論してきました。日本でも、差別発言を向けられた人たちと社会との関わり方から考えることができるはずです。現状のまま法規制をしても効果は薄いと思います。

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 Robert Campbell 1957年米ニューヨーク生まれ。85年に九州大学文学部研究生として来日。東京大学大学院教授(近世・近代文学)。

 ◆キーワード

 <ヘイトスピーチ> 人種や国籍を理由に差別する表現行為。日本では2008年ごろから、在日韓国・朝鮮人を中傷する街頭宣伝活動が顕著になった。

 06年設立の在特会が代表的な団体とされる。ネットの動画や中継で活動を広め、会員は全国約1万5千人という。09、10年に計3回、京都の朝鮮学校前で「犯罪者に教育された子ども」「朝鮮半島へ帰れ」などと主張。京都地裁は人種差別にあたると、新たな街宣活動の差し止めと学校側への1226万円の損害賠償を命じ、在特会側が上告中。

 国連人種差別撤廃委員会は8月、日本政府にヘイトスピーチの法規制などを勧告。ドイツや英国などは法規制している。

 ◇次回の「ニュースの扉」は17日に掲載します。今週掲載する予定だった「黒川創さんと見る国盗り綱引き合戦」は後日掲載いたします。 
    −−「ニュースの扉:R・キャンベルさんと聞くヘイトスピーチ 憎悪の先、見えない『日本』」、『朝日新聞』2014年11月03日(月)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S11435936.html





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