覚え書:「インタビュー:科学を重視する国とは 筑波大学名誉教授・白川英樹さん」、『朝日新聞』2014年11月14日(金)付。

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インタビュー:科学を重視する国とは 筑波大学名誉教授・白川英樹さん
2014年11月14日

(写真キャプション)「ノーベル賞受賞者は日本だけで20人以上になるんですから、もう特別視はやめましょうよ」=堀英治撮影

 来月、日本発の青色発光ダイオードの研究にノーベル物理学賞が贈られる。2000年に導電性高分子の研究でノーベル化学賞を受けた白川英樹さん以降、日本からの受賞は14人と、着実に増えている。しかし、決して浮かれてはいられない、と白川さんは警鐘を鳴らす。ノーベル賞が日本に投げかける課題とは何か。

 ――今年のノーベル物理学賞は、青色発光ダイオードの研究で日本勢が独占し、大いに沸きました。

 「ノーベル物理学賞委員会は、正当で粋な選考をした、と思います。この分野では基礎研究をした赤崎勇さん、実用化にこぎつけた中村修二さんに光があたっていました。委員会は、3人目として、多くの共同研究者がいる中で最も基礎的ないい結晶をつくった天野浩さんを選んだ。ノーベル賞らしく研究をさかのぼり、だれが最初にやったかを重視した。すばらしいと思います」

 「過去に物理学賞の3人受賞はありましたが、南部陽一郎さんの研究は主に米国で行われました。今回は日本で教育を受けた3人が研究もすべて国内で行った、という意味で初めてですし、基礎と応用の双方が評価されたのもよかった。日本の科学技術は十分な底力があることを世界に示す機会になったと思います」

    ■     ■

 ――日本は科学大国になったといえるのでしょうか。

 「科学大国という言葉は使いたくありませんね。いうとするなら、科学を重要視する国、でしょうか。その意味ではまだまだ足りません。ノーベル賞を受けるのは10年、30年かけた研究の成果です。今の研究態勢がいいからでも、国立大学が法人化されたからでもありません。今後もこのペースで受賞者が増えていくかというと疑問です。浮かれているわけにはいかない、と思います」

 ――といいますと?

 「科学技術の成果をより効率的に上げようと、国家も社会も一生懸命になりすぎていないでしょうか。確かに政府予算の中で研究費は増えてきました。しかし大きくなっているのは、目的がはっきりしたプロジェクト研究です。こうした研究を底支えする基礎研究に目を転じると、大きな役割を担ってきた国立大学で、自由に研究できる環境が失われつつある。そう危惧しています」

 「法人化以前は、教員の数で割り当てられる『積算校費(せきさんこうひ)』という非競争的資金が中心で、それをもとに基礎研究ができました。これだけでは十分ではないので、『科学研究費補助金科研費)』という競争的資金を得るかたちになっていました。しかし今では、かなりの部分が公募型の競争的資金になってしまった」

 ――白川さんの現役時代の研究費の総額は約2億円だったとか。

 「はい。筑波大を定年退職するまでの34年間に使った総額です。5年で数十億円といった今のプロジェクト研究に比べると、微々たるものです。そのうち、本当に自由に使えたのは6千万円ほど。でも、好きなことをじっくりと、好きなだけやれた。それが重要でした。今回の受賞者もそうですが、すぐに結果の出ない困難なテーマに取り組もうという雰囲気があり、それに没頭する人たちもたくさんいた時代でした」

 ――基礎研究の重要性は今も指摘されてはいますが。

 「研究費を配分する政府も、成果を期待する社会も、本当の意味で理解しているのかどうか。探査機のはやぶさ小惑星の岩石を取ってくるような研究は、多くの人が興味を持ちます。でも、注目されない数多くの基礎研究がある。それらはきわめて効率が悪いんです。それならやめておけ、となったら、科学技術の進歩は止まってしまう。きわめて効率が悪い、という認識を持って受け入れる、そういう懐の深さを持った社会になってほしいと思います」

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 ――受賞対象のプラスチックの研究をしていたとき、携帯電話や液晶画面などここまで幅広く使われるようになると想像できましたか。

 「思いもしませんでした。高分子に電気が流れないのはなぜか、流れるとしたらなぜか、そこに興味がありました。一段落したのでテーマを変えようと思っていたとき、たまたま出会った米国のマクダイアミッド先生が僕の研究に関心を持ち、米国に呼んでくれた。それで研究が急展開して、共同受賞につながりました。振り返れば、大学の研究室もじゃんけんで負けて希望とは違うところだったし、ラジオを組み立てるのが好きだったから電子工学でも、植物栽培が好きだったので農学部でもよかったんです。何にでも興味があり、いろいろな経験をした。そうしたことが後につながりました」

 ――発見への道のりは決して一本道ではなかったと。

 「そうなんです。でも自由があった。その点で今の若手が置かれた状況は心配です。大学では、3年や5年といった任期制のポストが増えています。実験室の立ち上げに1年、実験データを整理して論文を書くのに1年、論文を1本かけるか書けないか、そんなところで評価されてはたまりません。落ち着いて研究できないし、短期間で論文を書けるテーマしか選ばなくなります。独創的な研究は出にくくなると思います」

 ――科学技術政策の司令塔として2001年に発足した政府の総合科学技術会議の常勤議員も務めました。日本の科学技術の将来に対する警鐘は伝わらなかったのですか。

 「定年退職後は公職につかないと決めていたので、固辞したのですが、お役人と押し問答の末、仕方なく1期2年だけ務めました。やはり引き受けなかったほうがよかったと思っています」

 ――なぜでしょう。

 「畑違いのことも次々に決めなくてはならないし、国際熱核融合炉のように、誘致の方向がほぼ決まっていて、何をいっても無駄ということもありました。むろん、なんでもかんでも政府のいいなりではなく、いうべきことはいいました。基礎研究とプロジェクト研究の比率や、若手に手厚く、といった議論もさんざんしましたが、自由に使える部分は増えませんでした。日本の科学技術を育てようと思ったら、大学レベルでは遅い、義務教育が重要で20人学級にすべきだ、とも主張しました。私の経験でも、それくらいなら先生が一人ひとりの個性を把握して指導でき、意欲も高められるからです。残念ながら声は届きませんでした」

 ――ノーベル賞受賞者を一夜にして持ち上げる風潮を疑問視されてきました。「同じ人間の発言が、ノーベル賞の受賞前後でその重みに違いがあろうはずはない」と。

 「受賞したら、社会全般のことを聞かれるようになって大いに当惑しました。各分野に専門家がいるんだから、専門家に聞いてくださいと。でもそんなことはお構いなしです」

 「日本はノーベル賞で騒ぎすぎです。科学者にとって最高の栄誉だとは思いますが、ほかにも、たとえば日本独自の日本国際賞京都賞日本学士院賞も朝日賞もあります。どれも同じくらいすばらしい賞なのに小さな記事にしかなりませんね。落差が大き過ぎます。私自身、新しい分野を切り開いて、それなりの貢献はしたと思います。でも、世界中にはあまたの優れた研究があり、その中でたまたま、幸運にも受賞できたとしか思えません」

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 ――自らの経験をどういうかたちで生かしたいと考えていますか。

 「定年退職したとき、まっさきに思ったのは、給料も研究費もすべて税金、社会から支援してもらったのだから、社会にこたえるのがまっとうではないか、ということでした。現役のときには十分できなかった社会活動をやろうと。つまり、市民一人ひとりに科学や技術に対する興味や理解力を持ってもらう活動です」

 ――日本科学未来館で開いている導電性プラスチックをつくる実験教室には、大人もいますね。

 「参加資格は小学5年生以上で、上限はありません。家族一緒に、大人も参加してほしいからです。まもなく100回になります。今月、韓国でのフォーラムで基調講演を頼まれたのですが、実験教室ならお役に立てるのではと、高校生を対象に初めてソウルで開くことにしました」

 「科研費の受給者が研究成果を小中高校生に話す『ひらめきときめきサイエンス』も今年で10年です。子どもたちを大学に招き、大学はどういう所か、どんな研究をしているのか、解説し、自分でも一部を体験してもらう。本来なら科研費の中に社会貢献の項目を設け、受給者全員がやるべきです。研究する以上、社会に伝える。それは科学者の社会的責任であり、本当の意味で科学を大切にし、知の力で豊かな社会を築くうえで欠かせないからです」

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 しらかわひでき 1936年生まれ。76〜77年、米国留学中の共同研究で従来の常識を覆す「電気を通すプラスチック」を発見。著書に「私の歩んだ道」など。

 ■取材を終えて

 白川さんの受賞は、科学関係では1987年の利根川進さんの医学生理学賞以来で、12年もの空白の後だった。それだけに注目を浴び、「うれしさより受賞の重さに耐える圧迫感で息苦しかった」そうだ。今、実験教室で指導に当たる姿は軽やかだが、研究現場を語ると言葉は重くなる。日本の科学が抱える課題の大きさを改めて感じた。(辻篤子) 
    −−「インタビュー:科学を重視する国とは 筑波大学名誉教授・白川英樹さん」、『朝日新聞』2014年11月14日(金)付。

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