覚え書:「<ヘイトスピーチ法規制>『暴力』からの救済か、乱用への警戒か」、『毎日新聞』2014年11月17日(月)付。
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<ヘイトスピーチ法規制>「暴力」からの救済か、乱用への警戒か
2014年11月17日
(写真キャプション)在日コリアンの「排斥」を訴えてデモをする人たち=東京都千代田区で9月7日、斎川瞳撮影
民族的少数者や外国籍市民らマイノリティー(社会的少数派)への差別や憎悪をあおる「ヘイトスピーチ」を取り締まるための法規制導入が議論されている。各地の在日コリアン排斥デモに象徴される、言葉の暴力による深刻な被害への救済が急がれる一方で、民主主義の根幹である「表現の自由」とのバランスや表現規制への警戒から消極論も根強い。【小泉大士】
◇心身に深刻な被害
10月に東京都内で開かれた「日本における人種差別を考えるシンポジウム」(自由人権協会主催)で、ヘイトスピーチを法律で規制する必要があるとの立場の師岡康子弁護士(大阪経済法科大アジア太平洋研究センター客員研究員)と、規制に慎重な立場の西土彰一郎・成城大教授(憲法)が討論を交わした。
ヘイトスピーチの害悪として、師岡弁護士は「社会的、構造的に差別されているマイノリティーに、差別はその(人権や国籍などの)属性のせいだと烙印(らくいん)を押す。だから、自分に問題があるのではと感じ、自己否定、社会に対する絶望感、恐怖、心身の不調など深刻な被害をもたらす」と指摘。2009年12月−10年3月に「在日特権を許さない市民の会」のメンバーらが、京都朝鮮第一初級学校(当時)周辺でヘイトスピーチを繰り返した事件で、被害児童がいまも心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しんでいることや、教師が退職するなどして学校が移転を早めざるを得なかったことに触れた。
人種差別撤廃条約は、締約国に対し、人種差別禁止法を要とする包括的な差別撤廃法制度の制定を求めている。師岡弁護士は「日本にはこのような法制度がまったくないと言っていい。特に不特定の集団に対するヘイトスピーチは違法ではなく、止められる法律がない」と問題点を挙げた。また、特定の個人らに向けられた場合、民事訴訟は可能だが、経済的、精神的な負担が大きく、「法廷内だけでなく、ネット上などでもさらなる攻撃を受け、2次被害を必ず伴う」と訴えた。
一方、西土教授は、憲法学の観点からヘイトスピーチ規制を研究してきた小谷順子・静岡大教授らの学説を参考にしながら、規制導入に消極的な理由を説明した。
まずヘイトスピーチ規制が憲法に規定された「表現の自由」の保障に違反するかについて▽民主主義過程論(民主主義の健全な維持には、とりわけ少数者が意見を発表する自由が保障される必要がある)▽思想の自由市場論(多様な意見や思想が発信されることで、過去の誤った常識が覆され真実が明らかになる)−−などに照らして考察。ヘイトスピーチは、権力者に対する異議申し立てではなく、また言論によって対抗すべきだという議論も成り立たないことなどから「表現の自由の保障の範囲外にある」とした。
◇少数派へ適用恐れ
そのうえで、ヘイトスピーチについて「それでも規制すべきでない」と強調。主な理由として▽政府による恣意(しい)的な運用の恐れなど、表現内容の規制に対する警戒▽多様なヘイトスピーチを限定的に定義して、立法化を図るのは困難▽規制がマイノリティーに適用される恐れがあるなど副作用が大きい−−の3点を挙げた。将来的に規制する可能性までは否定しないものの、「その場合は憲法原理の選択をしなければならないことを自覚すべきだ」と述べ、憲法を含めた法体系に関わる問題との認識を示した。
師岡弁護士は、西土教授が提示した規制に反対する理由に対し、「いかなる法律にも恣意的な立法や運用の恐れはあるが、それを防ぐのが法律家の役目だ」と反論。欧州の大半の国でヘイトスピーチ規制が実施されていることに触れ、「それらの国で表現規制の乱発につながっているのか。現実に起きている、マイノリティーの表現の自由と民主主義を破壊する問題を放置していいのか」と疑問を呈した。
西土教授はこれに理解を示しながらも、官吏などへの中傷を取り締まりの対象とした戦前の讒謗(ざんぼう)律や官吏侮辱罪を例に挙げ、「(こうした法規制は)権力に対する批判を封じ込めるために使われてきたという歴史がある。『国家による自由』という美名の下で、国家に不都合な思想や考え方を規制するのではということに、敏感すぎるほど敏感でなくてはならないと考える」と語った。
これまで賛成派と反対派が同席し、専門家が議論する場は少なかった。約4時間に及ぶシンポジウムの最後に、司会を務めた旗手明・自由人権協会理事は「国際人権法学者は処罰は当たり前、憲法学者は慎重にと考えてきた。距離のある平行線が続いてきたが、踏み込んで議論に加わろうという人が出てきた。こうした場が繰り返され、社会の中に一定のコンセンサスが生まれることが期待される」と議論を締めくくった。
◇「民主主義の防波堤崩す」 嫌中嫌韓本に編集者ら
出版界ではここ数年、中国や韓国を一方的に非難する内容の「嫌中嫌韓本」の出版が相次ぎ、各地の書店でも目立つところに陳列されている。そうした出版物の製造、販売はヘイトスピーチへの加担になるのではないか−−。出版関係者やフリーライター、弁護士らが集まり、「出版の製造者責任」について話し合う集まりが10月22日、東京都内で開かれた。
関東大震災後の朝鮮人虐殺を記録した「九月、東京の路上で」の著者でフリーライターの加藤直樹さんは、「『朝鮮人は殺せ』などという記述は犯罪としか言いようがない」と批判。嫌中嫌韓本の氾濫について「書店、出版者、書き手、購入者、誰に責任があるのか。(みんなが)こうした状況に慣れたらいけないという問題提起をしなければいけない」と訴えた。
雑誌に嫌韓などの内容の記事が掲載される事情について、元在日韓国人3世のノンフィクションライター、朴順梨(パクスニ)さんは「ライターは依頼を受けて初めて仕事が成り立つ。自分の主張を書けないことも多い」と語った。
ヘイトスピーチの法規制などについて研究する社会学者の明戸隆浩さんは「西欧は出版物における差別表現に対して厳しい規制がある」と紹介し、「日本では人種差別について野放し状態。ヘイトスピーチ規制の前に、人種差別禁止法の制定が必要だ」と指摘した。出版社員の岩下結さんも「『人種差別はいけない』という共通認識があれば、ある程度の自主規制がかけられると思う」と話した。
神原元(はじめ)弁護士は「正しい情報を受け取ることが表現の自由だ。デマに、差別に、まみれた『ヘイト本』は、平和や人権といった民主主義の防波堤を崩している」と批判した。【斎川瞳】
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■ことば
特定の人種、民族、宗教への憎悪や差別をあおる言動の総称。数年前から、東京・新大久保や大阪・鶴橋で繰り返された在日コリアン排斥デモでは、参加者から差別意識をあおる言動が繰り返された。英仏独など刑事罰を科す国がある一方、日本や米国など表現の自由とのバランスの難しさから法規制に慎重な国もある。国連の人種差別撤廃委員会は8月、日本でのヘイトスピーチの広がりに懸念を表明。ヘイトスピーチを行った個人や団体に対し「捜査を行い、必要な場合には起訴すべきだ」と日本政府に勧告した。
ーー「<ヘイトスピーチ法規制>『暴力』からの救済か、乱用への警戒か」、『毎日新聞』2014年11月17日(月)付。
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http://mainichi.jp/journalism/listening/news/20141117org00m040004000c.html
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