覚え書:「言論空間を考える:問われる既存メディア 鴻上尚史さん、津田大介さん」、『朝日新聞』2014年12月17日(水)付。


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言論空間を考える:問われる既存メディア 鴻上尚史さん、津田大介さん
2014年12月17日

 朝日新聞をはじめ、既存メディアのあり方が厳しく問われている。ネット社会の進展で大きく変わる言論空間。激しくぶつかりあう主張と社会の分断。そして相互不信。まずはメディアに対する厳しい視線の背景から、考えていきたい。

 ■校長の訓話よりも担任の言葉 鴻上尚史さん(作家・演出家)

 衆院選報道について自民党がテレビ局に「公平中立」「公正」を求める「お願い」の文書を送ったことに対し、朝日新聞は「圧力になりかねない」と批判しましたが、ネットの言論空間では「良かった。これで偏向報道がようやく是正される」といった既存メディアへの批判が噴出しました。

 ネットの世界は、保守的な主張が優勢です。朝日新聞などのリベラルな主張をたたけば、すぐに激励してくれる。僕はツイッターフェイスブックもやっていますが、ネット住民は「敵か、味方か」に敏感です。微妙なにおいをかぎ分け、「敵だ」と判断をしたら、一斉攻撃を始めるのです。

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 <勝ち組への応援> 冷戦下、時代の空気は正反対でした。メディアはリベラル勢力が席巻し、学生運動を見守るやじ馬は、学生を応援し、時に警官を非難していた。大衆はうっぷんがたまると「絶対に負けたくない」と考えるため、時代における勝ち組を応援すると僕は考えています。

 ただ、ネットの保守的な言説がこのまま世間に広がることが単純に良いことなのか。僕自身は「やっかいな時代になるな」と考えています。最近は「あなたは今のままでいい」「ありのままで価値がある」と自分を無条件に肯定してくれる本が売れています。それは「何もしなくても日本人だから最高の存在」と訴える超保守的な人々の考え方に通じます。

 地道に考え、知恵を積み重ねれば「日本人でいるだけで素晴らしい」という論理は受け入れがたい。しかし、こうした主張を展開する人たちは、リベラル勢力や外国人への憎悪を呼び覚ます言葉を熟知しています。知性や論理ではなく、人々の感情を揺さぶり、感情を動かす言葉を発信する力があります。

 既存メディアは、会社での地位が上の人ほどネットの力を過小評価しているのではないですか。「自分たちは象。ネットに無数のアリがいる」という程度の認識かもしれませんが、実際はもう巨人です。ネットは情報をつなぐだけでなく、既存メディアが不得手な人間同士をつなぐ面も優れている。スマートフォンなどの技術革新が後押しし、世間への影響力はさらに高まっていくでしょう。

 既存メディアが生き残るには文章力、企画力、調査力などを高めて、知恵と知性でネットと勝負するしかありません。プロが角を突き合わせ、議論し、デスクなどの第三者が記事を点検した後に発信する「知性を担保する仕組み」が既存メディアにはあります。

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 <感情に届く理想> 問題なのは、記者クラブ制度など自分たちの既得権益は棚に置いて、「上から目線」で「正論」を振りかざし、人々の心に響く記事が少ないことです。

 でも、そこで世間の空気に妥協して自己規制すれば、それは言論の自殺を意味します。校長先生による正しさが詰まったスピーチは退屈だったけれど、担任の先生が卒業式の後にさりげなく語った言葉が現実を生き抜く指針となる。既存メディアはそこを目指すべきではないか。

 演劇に携わる人間として「僕はやっかいな時代だと思っているが、ステキな時代だと思っている人に言葉を届けるにはどうしたらいいか」とすごく悩みます。自分の主張を声高に叫ぶだけで観客の感情を全く動かせなかったでは、プロとして許されませんからね。

 少し前、ある既存メディアが「リクルートスーツは黒系であれば、リスクゼロ」という趣旨の記事を載せました。日本社会の宿痾(しゅくあ)である「同調圧力」の結晶ともいえるリクルートスーツを「約9割は黒」という現状を示しながら、若者に「同調」をすすめる内容にあきれました。それは「みんながやっているから、サービス残業しましょう」という考えを助長しかねない発想です。

 閉塞(へいそく)感と不寛容の時代だからこそ、既存メディアには希望を語って欲しい。いろんな事情をぐっとのみ込んだリアリズムを支えに「感情に届く理想を語る」という姿勢を示すことで、現在も意義を持ちえるのではないでしょうか。このやっかいな時代に、既存メディアが果たすべき役割はそれだと考えています。

 (聞き手・古屋聡一)

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 こうかみしょうじ 58年生まれ。81年劇団「第三舞台」結成。現在、プロデュースユニット「KOKAMI@network」「虚構の劇団」を中心に幅広く活動している。

 ■一方通行が生むネットとの溝 津田大介さん(ジャーナリスト)

 僕は大学の講義を持ってますが、今、学生たちは日ごろからほとんど新聞を読まないし、テレビもあまり見なくなった。学生が情報を仕入れるのは、大体がネットの「まとめサイト」からですね。

 まとめサイトとは、匿名掲示板の2ちゃんねるツイッターに投稿された話題を、読み物として整理して掲載するサイトです。

 アクセスを集めるために、過激にあおるような編集をすることがある。広告収入が増えるからです。特に「嫌韓」「嫌中」ネタはネットで受けやすい。マスメディアをたたくことをあおるような、極端な言論の拡散装置の役割も担っている。そして学生たちは、まとめサイトに書いてあることをそのまま口にしている。それもかなり優秀な学生たちが、です。

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 <「編集」に不信感> 学生に限らず、「マスメディアは真実を伝えない、真実はネットにある」と信じている人は多い。これは結構、深刻な問題です。

 一つは既存メディアの「編集」に対する不信感があります。決められたストーリーありきで、編集段階で何か作為があるんじゃないかという疑いです。朝日新聞の「吉田調書」問題への批判がそうでした。

 もう一つは「横並び」への不信です。どのメディアが報じるのも全部同じニュースばかりで、自分が本当に知りたい情報を報道してくれない、ということです。

 日本のマスメディアは、これまであまりにも強かった。日本の新聞の発行部数1位である読売新聞と2位の朝日新聞の部数は、世界ランキングでも1位と2位です。それだけ既存のマスメディアは信じられてきた。その反動が、ネット側から出てきているのを感じます。

 嫌韓、嫌中、反マスメディアといった極端な言論の発信源である、いわゆる「ネット右翼」は、いろいろな分析で200万人前後に上るとも言われています。社会的には少数派ですが、実際の割合以上に目立っています。

 「嫌韓」の動きは、日韓がサッカーのワールドカップを共催した2002年ごろから始まりました。当時、そういう書き込みがある場所は、2ちゃんねるが主体で、あくまでネット好きな人が見るものでした。04年ごろからブログブームが来て、個人が簡単に情報発信できるようになり、まとめサイトが登場しました。

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 <共鳴して先鋭化> 09年ごろからはツイッターがブームになり、フォロー(閲読登録)などを通じて、同じ価値観の人がつながるようになりました。そこで言論が極端に先鋭化する「タコツボ化」が起きます。娯楽感覚で、誰かを激しく攻撃する。それをまとめサイトが取り上げて、さらに拡散、炎上していく。

 結果として、かつてなら公の場には出てこなかった極端な言論が、一般の目にも触れやすくなってしまった。ネットがなければ、本来つながらなかったような人同士がつながり、共鳴して、さらに先鋭化した言論が増幅されるのです。逆に、考え方の違う者同士は、基本的なコンテクスト(文脈)を共有して言論をやりとりすることがすごくやりづらい空間になっています。

 これまで一方通行で情報を発信すればよかった既存メディアは、ネットを一段低い存在と見てきました。でも、ネットは自分から情報を取りにいく媒体であり、双方向性も高いので批判も寄せられる。既存メディアは、ネットからの批判にきちんと応えてこなかったと思うんです。そこに既存メディアとネットの溝がありました。

 ただ、既存メディアの記事を疑うことはすごく大事ですが、だったら、ネットの情報だってもっと疑うべきですよね。やはりメディアリテラシーが必要なんです。それは一朝一夕では身につくものではないから、間違いを理解し、学習していくしかない。それには正しい情報が必要です。

 米国では、ネットのうわさやデマの検証作業はマスメディアの新たな役割だ、という議論があります。マスメディアがネットに流れる情報を一つひとつ裏取りし、間違っているかも検証して、ユーザーと対話していく。僕はそれが、メディアリテラシーへの近道だと思うんです。

 (聞き手・平和博)

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 つだだいすけ 73年生まれ。インターネットユーザー協会代表理事。著書に「ウェブで政治を動かす!」「Twitter社会論」など。

 ◆「言論空間を考える」は、随時掲載します。 
    −−「言論空間を考える:問われる既存メディア 鴻上尚史さん、津田大介さん」、『朝日新聞』2014年12月17日(水)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S11510778.html





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