覚え書:「特集ワイド:いかがなものか これはもう沖縄いじめ」、『毎日新聞』2015年01月20日(火)付夕刊。

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特集ワイド:いかがなものか これはもう沖縄いじめ
毎日新聞 2015年01月20日 東京夕刊


 安倍晋三政権による沖縄県へのつれない態度に、怒りの声が上がっている。安倍首相や菅義偉官房長官は、政府が進める米軍普天間飛行場(同県宜野湾市)の名護市辺野古への移設に反対する翁長雄志(おながたけし)知事とは面会せず、民意を逆なでするかのような予算案を決める。これは「沖縄いじめ」ではないのか。【樋口淳也】

 ◇政権の方針に反対する知事とは「会わない」

 「沖縄県民斯(か)ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」−−。県民12万人以上が犠牲になった沖縄戦末期の1945年6月6日、旧海軍沖縄方面根拠地隊司令官だった大田実少将(死後に中将)は、自決を前に海軍次官に宛てて電文を打った。それから70年。沖縄は、国土のわずか0・6%ほどの面積に74%の米軍専用施設が集中し、日本にとって特別な存在であり続けている。

 ところが、である。

 「私はありません」。14日午前、菅官房長官の定例記者会見。翁長知事と近々会う予定があるかと問われた菅官房長官は表情を変えず、淡々とそう答えた。

 翁長知事はこの日、2015年度の当初予算案が閣議決定されるのに合わせ上京していた。官邸や内閣府を訪ね、予算案での沖縄への配慮に謝意を示すためだ。当然、「沖縄基地負担軽減担当」を兼ねる菅官房長官や安倍首相への面会も希望していたが、実現しなかった。翁長知事は昨年12月の就任以降、計4回上京しているが、日程調整ができないなどとして閣僚との面会はほぼ空振り。面会できたのは、山口俊一沖縄・北方担当相との2回のみだ=別表。

 頻繁に会談を重ねた仲井真弘多(なかいまひろかず)前知事とは対照的な対応。あるベテラン政治ジャーナリストは「菅官房長官ら官邸サイドが『政権の方針に反対する翁長知事とは会わない』と決めていると見ていい」と解説する。

 背景は複雑だ。「実は、菅官房長官は、目に見える形での基地負担の分担を進めるため、例えば佐賀空港への自衛隊オスプレイの配備や米軍オスプレイの暫定移駐など、話をこつこつ進めてきました。ところが、一定の理解を示していた古川康・前佐賀県知事が11月に辞職し、先行きは不透明になった。こうした交渉材料の少ない準備不足の状況で、移設反対を掲げる翁長知事とは『会えない』というのが実情ではないでしょうか」

 「面会問題」だけではない。15年度当初予算案は、政権のメッセージをより鮮明にした。沖縄振興予算は5年ぶりに減り3340億円。仲井真前知事時代の昨年9月に示された概算要求額約3800億円から、大幅に削られた。一方、辺野古へ移設する「代替施設建設費」を、前年度の788億円から倍増させ、1548億円計上したのだ。

 菅官房長官は「不用額と繰り越しが発生しているので、そうしたものを精査した」と減額の理由を説明する。しかし、わずか1年前には、概算要求を上回る約3500億円の予算を計上するなど大盤振る舞いだった。沖縄を地元とする国会議員の一人は「移設に反対する翁長知事へのある種の『見せしめ』であるのは明らかだ」と話す。

 ◇戦争体験のない議員に「なぜ優遇」の心理?

 政権の対応への戸惑いは、身内にもある。

 自民党の国場(こくば)幸之助衆院議員を訪ねた。12年に県外移設を公約にして初当選したが、翌年、石破茂幹事長(当時)らから辺野古へ移設する党方針を受け入れるよう迫られ「21世紀の琉球処分」と言われる経験をした人だ。

 約45分間の取材中、目をつぶり頻繁に「うーん」と悩む姿が印象的だった。「例えば90年代の自民党は、沖縄のためにという思いが非常に伝わっていたと思います。ただそれが最近なくなってきた。なぜか。一つは(議員自身の)戦争体験の有無なのかもしれません。『なんで沖縄だけ』という深層心理が表れてきているんですかねえ……」

 振り返れば、かつては沖縄に思いを寄せる自民党の大物が、関係を支えてきた。在任中20回近くも沖縄県知事と会談し、米国から普天間飛行場の返還を引き出した橋本龍太郎元首相や「沖縄問題に命をかける」と情熱を燃やした梶山静六官房長官。周囲の反対を押し切り、九州・沖縄サミット(00年)の開催を決めた小渕恵三元首相らだ。

 国場さんは、沖縄と政府との関係が重要な分岐点に来ていると言う。「普天間問題は複雑化し、沖縄への押しつけの象徴のようになっている。政権側も丁寧、慎重にやらなくてはいけません」。ならば、安倍政権のやり方は「丁寧」だというのか。「うーん、それは本当に難しいコメントですね……」。眉間(みけん)のしわが一層深くなった。

 ◇「辺野古移設反対」の民意に聞く耳持たず

 「安倍政権はあまりに子どもじみている。本当に先進国の政府なのか?とすら思います」。そう憤るのは、地場ホテル大手「かりゆしグループ」最高経営責任者(CEO)の平良朝敬(たいらちょうけい)さんだ。語気を強めて続ける。「政府の立場にあるのに、自分の意に沿わない人と会わないというのは、あまりに私的な対応ではないでしょうか。社会常識としてもおかしいですね」

 今、県民の意識が変わってきていると感じる。「自己決定権を持つんだと、県民が目覚めてきています。『沖縄は中央の言いなりにはなりませんよ』と。にもかかわらず官邸、特に菅官房長官はこのことを肌で感じていない。沖縄は『カネで脅せばまた何とかなびいてくる』と思っているのではないでしょうか。しかし、県民はもうそれには乗りませんよ」

 沖縄問題に関する著書がある東京大の高橋哲哉教授(哲学)も「これはもう、沖縄に対する政権のパワーハラスメントです」と厳しい言葉で批判する。「沖縄では昨年、名護市長選、同市議選、知事選、衆院選と、四つの選挙で『辺野古移設反対』という民意が明確に示された。ところが、政権はそれに全く聞く耳を持たない。とても民主主義国家とは思えない」

 そしてこう継いだ。「『本土』と沖縄の間のギャップ(溝)は、かつてないほど広がっている。民意を無視され続ける沖縄の人たちが『日本国の一つの県としてやっていくのは無理がある』と考えるなら、『独立』という話が出てきてもおかしくありませんよ」

 安倍首相は13年4月、サンフランシスコ講和条約発効を記念した「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」で、こう述べた。

 「沖縄の人々が耐え、忍ばざるを得なかった、戦中、戦後のご苦労に対し、通り一遍の言葉は、意味をなしません。わたくしは、若い世代の人々に特に呼びかけつつ、沖縄が経てきた辛苦に、ただ深く、思いを寄せる努力をなすべきだということを、訴えようと思います」

 「思いを寄せる努力」をしていないのは誰なのか。

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 ◇翁長知事の上京と政権の対応

・2014年12月24−26日(就任あいさつのため上京)

 首相、官房長官、外相、防衛相らに面会を打診したが、日程調整がつかないとして実現せず。26日、山口沖縄・北方担当相と面会。

・ 15年1月6−8日(要望活動のため上京)

 要望先の西川公也農相側から連絡がなく、待機したが結局会えず。要望は例年行われ、今回は前年の12月22日に申し入れていた。

・ 15年1月13−14日(15年度当初予算案の閣議決定にあわせ上京)

 首相や官房長官らに、直接就任あいさつや予算配分への謝意を示すことを希望したが、会えたのは内閣府政務官官房副長官のみ。

・ 15年1月16日(予算案決定への謝意を示すため上京)

 山口沖縄・北方担当相と面会。「御礼の気持ちを話した」(翁長知事)

 *沖縄県への取材を基に作成 
    −−「特集ワイド:いかがなものか これはもう沖縄いじめ」、『毎日新聞』2015年01月20日(火)付夕刊。

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