覚え書:「今週の本棚・本と人:『朝露通信』 著者・保坂和志さん」、『毎日新聞』2015年02月22日(日)付。

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今週の本棚・本と人:『朝露通信』 著者・保坂和志さん
毎日新聞 2015年02月22日 東京朝刊
 
 (中央公論新社・2160円)

 ◇記憶と響きあう現代批判−−保坂和志(ほさか・かずし)さん

 <たびたびあなたに話してきたことだが僕は鎌倉が好きだ>。こう書き起こされ、鎌倉で過ごした「僕」の少年時代の記憶が語られていく。1960年に3歳11カ月で鎌倉へ引っ越すまで住んでいた山梨の日々も登場する。「僕」が出会い、体験したすべての人や出来事にピントが合っている。事象すべてが主役といっていい。読者に「これは自分自身の物語だ」と思わせること必至の保坂ワールドだ。

 「仮説を立てたんです。記憶をエピソードとして完結させずに、ある出来事の部分だけを書けば、読む人自身の記憶と響き合うかな、と。やっぱり人生は記憶に守られていると思うんです」。2013年11月から185回にわたって読売新聞に連載され、本書の見開き2ページがちょうど連載1回分にあたる。筋があるようで、ない。「そういえば」と思いつくまま……。

 やんちゃ盛り、夢中で遊ぶ姿が胸をつく。石蹴りの最中、友達のエモッちゃんがジャンプして片足で着地し、バランスを崩して「シェーッ!」のポーズで真横にバッタリ倒れた場面。<トシちゃんと僕は地面に転がって笑い出した(略)エモッちゃんもふくろ(、、、)が半ズボンの股の脇から見えてた(略)三人でまた地面に転がって笑った、三人はもう全然立てなかった>

 そんな微視的記憶は、すかさず、はるか上空の鳥の目に移る。長谷観音を訪ねる外国人の団体の観光バスを思い出し、<あのときもし通ったら日本の子どもたちは激しく陽気だと思ったことだろう(略)テキサスやデンバーに帰って子どもたちに言うのだ、「日本の子どもたちは地面で転がり回るほどよく笑う。」>。飛び回る筆致を下支えしているのは、川の多い甲府盆地への驚きや、鎌倉の崖のじっとり湿った様など、地理の細密描写だろう。

 今は検察官となったある友人は、「難解だ。前衛だ」と本書の感想を漏らしたとか。断片的な情報に因果関係を見いだしてストーリーを構築するのが事件捜査だから、そうかもしれない。「小説は何でもありです。因果関係や人物造形、社会的背景は、小説のごく一部に過ぎません」。直接的に言い募る箇所はほぼ皆無だが、近代化のあり方に抵抗する声が水琴窟(すいきんくつ)から響いてくるかのよう。「僕は、今がいいとは思っていないから。現代批判は僕の基本なんだよね」

 私たちの「感じる心」をよみがえらせてくれる小説だ。<文と写真・鶴谷真>
    −−「今週の本棚・本と人:『朝露通信』 著者・保坂和志さん」、『毎日新聞』2015年02月22日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20150222ddm015070042000c.html



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