覚え書:「くらしの明日 私の社会保障論 本来の『積極的平和』とは=本田宏」、『毎日新聞』2015年02月25日(水)付。

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くらしの明日
私の社会保障
本来の「積極的平和」とは
貧困、差別がない社会こそ

本田宏 埼玉県済生会栗橋病院院長補佐

 中東のイスラム過激派組織「イスラム国」(IS=Islamic State)による日本人人実殺害事件を受け、今国会で日本の安全保障政策が大きな争点となっている。そこでよく聞かれるのが「積極的平和主義」だ。
 安倍政権が安全保障政策の基本理念として掲げるこの積極的平和主義は、世界で過激派が台頭している現在、一国だけでは守れないとして、必要が在れば自衛隊を海外に派遣して他国と連携する考えだ。
 昨年7月には集団的自衛権公使の容認が閣議決定され、同12月に特定秘密保護法が施行された。加えて来年度の防衛予算は戦後最大に増やされ、武器輸出の緩和に向けての環境整備も急がれている。さらに多国籍軍の後方支援などに自衛隊を派遣する恒久法の制定までもが今国会で議論されている。
 先進国で最低レベルとなっている日本の社会保障体制を充実させようと長年活動してきた立場からすれば、防衛に多額の予算を必要としない平和な社会こそ必要最低条件と考える。
 しかし、現政権が積極的平和の必要性を訴えるに従って、社会にはその流れに抗しがたい雰囲気が漂っているように感じる。だが、それでいいのだろうか。
 その疑問は、埼玉県内で今年1月末に開催された集団的自衛権を考える勉強会で一気に氷解した。平和学における「積極的平和」とは単なる国家間の戦争や地域紛争がない状態、つまり消極的平和を指すものではなく、国内外の社会構造に起因する貧困、飢餓、抑圧、阻害、差別がない積極的平和を指す言葉ということだった。
 平和学を創設したノルウェー社会学者、ヨハン・ガルトゥング氏の著書「構造的暴力と平和」を早速入手して確認したところ、氏の唱えた積極的平和の意味するものは、現在の日本政府が集団的自衛権も含めて用いている意味とは全く逆の概念だった。
 もちろん今回のISの人質事件は絶対に許してはならないテロ行為だ。一方、過激派が増えた背景には、アフガニスタンイラク戦争で犠牲になった何十万というひとびとの憎悪や貧困の連鎖があると考えられる。ISによって殺害された後藤健二氏は、悲惨な紛争地の子どもの現状を世界に知らせて紛争をなくすことによって、積極的平和の構築を目指していたのではないだろうか。
 世界に冠たる平和憲法をもつ日本こそ、後藤氏の遺志を生かして、世界の貧困や差別解消に力を注ぎ、テロの根本問題の解決に努力すべきだ。積極的平和を勝ち取る努力無しに、テロ行為の根絶はもちろん、日本の社会保障体制の充実は永久に不可能といえる。
日本の社会保障体制 日本は高齢化率が世界トップとなった一方、国内総生産(GDP)に占める医療費など社会保障費支出の割合は経済協力開発機構OECD)加盟国の平均並だ。来年度は介護報酬を9年ぶりに引き下げる方針も示されている。
    −−「くらしの明日 私の社会保障論 本来の『積極的平和』とは=本田宏」、『毎日新聞』2015年02月25日(水)付。

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