覚え書:「今週の本棚・この3冊:松本健一=渡辺利夫・選」『毎日新聞』2015年03月01日(日)付。

3

        • -


今週の本棚・この3冊:松本健一渡辺利夫・選

毎日新聞 2015年03月01日 東京朝刊

 <1>日本の近代1 開国・維新 1853−1871(松本健一著/中公文庫/1440円)

 <2>白旗伝説(松本健一著/講談社学芸文庫/品切れ)

 <3>近代アジア精神史の試み(松本健一著/岩波現代文庫/1080円)

 敬愛する友、近現代史の鮮やかな語り部を失ってしまった。松本健一さんといえば『評伝 北一輝』を33年かけて書きあげた評論家として知られる。この著作で松本さんは、北一輝という人物像を徹底的に彫琢(ちょうたく)することにより時代と思想を語るという表現形式を完成させた。思想史と文学との結合でもある。

 松本さんは自らを評論家と称していたが、一次資料を丹念に読み込む研究者でもあった。中央公論新社の「日本の近代」シリーズの第一巻『開国・維新』が錚々(そうそう)たる近代史家をさしおき松本さんによって執筆されたというのが、何よりの証拠であろう。主人公の一人が佐久間象山である。象山はペリー艦隊を遠望、その砲弾が江戸城内を射程距離に収めていることを見抜き、この驚嘆が彼をして「夷(い)の術を以(もっ)て夷を制す」という戦略思想家たらしめたと記している。伊豆半島戸田村の船大工上田虎吉を抜擢(ばってき)、長崎海軍伝習所やオランダに留学させ、この男を明治海軍の代表的な建設技術者として仕立てたのも象山の戦略的思想の帰結だという。こまめな踏査が生き生きと記述されて本書が紡がれる。

 ペリー来航時、日米開戦となって日本が降伏することになればこれを掲げよといってペリーから手渡されたものが、日本人が初めてその意味を知らされる「白旗」の「国際法」的な意味であった、という。このエピソードを主題にした松本さんによる日本の近代戦争史が『白旗伝説』である。

 アジア研究者である私が松本さんと急に親しくなったのには、松本さんが『近代アジア精神史の試み』を上梓(じょうし)し、私がこれをアジア調査会のアジア・太平洋賞の大賞に推薦、講評させてもらったという経緯がある。私の青春時代、アジアを語るキーワードは“停滞”であった。私はそうではない、“成長”だと主張して実証研究に明け暮れていた。その私を松本さんは思想史の面で後押ししてくれたように感じた。

 本書では、アジアの自己認識が西洋への抵抗にあったこと、しかしアジアの抵抗は西洋近代化の精神を自らのものとするより他に実現の方法はなかったこと、したがって例えば日本の近代化はアジアの自己否定とならざるをえなかったこと、そして日本の近代化が西欧近代を超克することによりアジア解放の契機となったこと、などが論じられた。松本さんのこの著作に私は目を開かされ、熱いものさえ感じた。
    −−「今週の本棚・この3冊:松本健一渡辺利夫・選」『毎日新聞』2015年03月01日(日)付。

        • -





http://mainichi.jp/shimen/news/20150301ddm015070014000c.html








Resize1466

日本の近代1  - 開国・維新 1853~1871 (中公文庫)
松本 健一
中央公論新社 (2012-06-23)
売り上げランキング: 171,505

白旗伝説 (講談社学術文庫 (1328))
松本 健一
講談社
売り上げランキング: 239,446

近代アジア精神史の試み (岩波現代文庫)
松本 健一
岩波書店
売り上げランキング: 166,807