覚え書:「言論空間を考える:権力との向き合い方 半藤一利さん、橋本大二郎さん」、『朝日新聞』2015年02月28日(土)付。


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言論空間を考える:権力との向き合い方 半藤一利さん、橋本大二郎さん

2015年02月28日

 メディアが権力を前に萎縮し、最も大切な使命であるはずの監視機能を失いつつあるとの指摘が根強い。長く歴史を研究してきた立場と、権力側と取材する側双方を知る立場の2人に、権力との向き合い方について語ってもらった。

 ■自らの失敗にこそ厳しく 半藤一利さん(作家・歴史探偵)

 この国の歴史、とりわけ昭和の「歴史探偵」をやっていると、国民の幸せが、日本が民主主義国家であり続けることだとするなら、ジャーナリズム、言論の自由の存在が一番大切な条件と思います。

 ジャーナリズムが時の権力者を厳しく監視することが、腐敗や暴走を防ぐからですが、言うはやすく、実際は大変難しい。

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 <戦争礼賛の過去> 昭和という時代がだめになった始まりは、1931(昭和6)年の満州事変からです。愚かな戦争を仕掛け、しまいに国が滅んだ。現地に駐留していた日本軍が謀略を使って全面的な攻撃を始め、傀儡(かいらい)国家を樹立させます。この時、新聞が一斉に太鼓をたたいて侵略を正当化してしまったんです。

 真実を伝えて戦を止めるべき新聞が、なぜ、軍人の暴走を持ち上げたのか。各紙の特ダネ合戦で勝ち抜くため、情報を求めて軍にすり寄ったこともあるでしょうが、戦争報道によって、部数増を期待したんですね。

 これには日露戦争という、あしき「お手本」がありました。開戦前の1903(明治36)年と、戦後の07年を比較すると、大阪朝日新聞が12万部から14万部弱に増えたほか、大阪毎日、報知、都など各紙とも驚異的なピッチで増えたんですね。

 このことは、大変な教訓として残った。満州事変までは「非戦平和」を唱えていた新聞までも、一転、あおる側に回ってしまう。それが昭和初期の言論状況です。

 それでも、抵抗しようという人たちもいました。大阪朝日の編集局では、長らく戦争に批判的な論調でしたし、持ち上げる紙面を作らせまいという人たちも少なからず存在したんです。

 銃剣を持つ相手に異を唱えることは恐ろしく並大抵の勇気ではない。朝日新聞をはじめ既存メディアは、そうした歴史を踏まえ、今こそ闘志を持ってもらいたい。

 ところが朝日は、昨年来の騒動で何を誤り、何が正しかったのか。きちんと調査し、十分な総括ができたのでしょうか。私はここに日本の組織の病理を感じます。問題の最終的な解明を阻むのは、身内から責任者を出したくない、かばい合って恥部をさらけ出さない体質が根付いているからです。

 私も偉そうなことは言えませんよ。「文芸春秋」に40年もいたから、何度も大問題にぶつかりました。でも、しくじった理由を厳しく検証して、責任者を究明するまで実現することはまれでした。

 旧日本軍も同じでした。多大な損害、犠牲者を出した、ノモンハン事件インパール作戦などの無謀な軍事行動で、失敗の責任を取らされたのは現場や前線の指揮官たちで、計画・実行させた上役の参謀たちは、ほとんどおとがめ無し。というより短期間で、再び重職に復帰しています。

 こうした無責任体質からの決別と問責から、戦後の国家、社会は始まったはずです。それが日本の民主主義の大前提です。朝日新聞はじめ、日本のジャーナリズムが民主主義を守り続けるというのなら、自らの失敗に厳格でなくして、権力の失敗に厳格に立ち向かえるはずがないでしょう。

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 <事実積み重ねを> しかし、私はジャーナリズムへの期待を失っていません。多角的な視点、偏らない多くの事実の積み重ねに基づいた調査報道という機能が、その意義、価値を失っていないどころか、いま、ますます重要性を増しているからです。

 というのは、今、世界はこれまでの常識を超えた事態の連続になっているためです。「イスラム国」(IS)の蛮行に限りません。コソボへの爆撃やイラク戦争など、従来の国際法の前提を無視したような戦争が日常化していて、かつての戦争観が、もはや通用しなくなっているのです。

 問題解決の方法も見いだせないし、事態は悪化するばかり。だからこそ感情や情緒で判断せず、まず事実を知ることが重要です。

 そのためには現場で何が起きているか。どんな対立、事態、あつれきがあって紛争に至ったか、しっかり把握するしかない。私たちに冷静で多角的な視点を提供するのはジャーナリズムによる事実探求しかありません。新聞、雑誌が頑張るしかないではないですか。

 (聞き手 編集委員・駒野剛)

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 はんどうかずとし 30年生まれ。「文芸春秋」編集長などを務める。「日本のいちばん長い日」「山本五十六」など近代史著書多数。大和ミュージアム名誉館長でもある。

 ■振り子のバランス保って 橋本大二郎さん(ニュースキャスター)

 昨年4月から、ワイドショーのキャスターを務めていますが、私がNHKの社会部で記者をしていた1980年代と比べると、既存のメディアへの不信感は格段に高まっていると思います。

 その背景の一つは視聴率で、昔に比べて、その重みは格段に増しています。情報番組でも、分刻みで算出された視聴率を基に、どんなニュースに関心が集まるかを日々分析していますので、視聴率の高いニュースにより多くの時間が割かれることになります。

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 <メディアに不信> コストに見合う視聴率が得られないと番組は打ち切りになりますから、視聴率を気にするのは当然なのですが、その結果、どの放送局でも朝から晩まで、報道の中身が横並びになる傾向があります。放送する側にとっては、内容を手厚く切り口も変えて伝えられるので、とても楽しいのですが、視聴者の中には「どこを見ても同じ内容じゃないか」と、不満と不信を募らせる方もいるでしょう。

 不信感と言えば、取材を受ける側のマスコミへの対応も変わってきました。兵庫県西宮市の今村岳司市長は、阪神大震災の被災者を取材したテレビの番組が「誤解を生じる放送」だったと抗議した上で、今後取材を受ける際には、「広報課員が立ち会い、(取材するマスコミの側を)ビデオで撮影する」といった方針を示しました。これには、強い違和感を覚えたのですが、それは16年にわたる高知県知事の経験から、県民との窓口でもある取材者に説明を尽くすことが、首長に求められる姿勢だと感じていたからです。

 限られた財源を基に政策を実施する場合、地域や世代の間に利害の対立が生じて、「あちらを立てれば、こちらが立たず」ということが度々起こります。だからこそ、言葉を尽くして説明を重ねることが大切で、役所が望むような報道をしてくれないからといってビデオ撮影で取材側を牽制(けんせい)するのでは、ことは解決しません。

 ところが、報道によると西宮市民から行政への大きな批判や反発は起きていませんし、むしろ市長に賛同する声が寄せられているようです。そこに既存のメディアへの市民の冷めた視線を感じます。

 また、4年前のことですが、広島市長だった秋葉忠利氏は、4選不出馬を表明した際、記者会見を拒否して動画投稿サイトで退任理由を語りました。情報伝達の選択肢が多様になる中で行政の長がこのような形でマスコミを避ける対応も増えてくるかもしれません。

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 <自主規制は禁物> もう一つ、権力とマスコミとの間合いに関して、NHKの籾井勝人会長の「政府が右ということを左というわけにはいかない」などの一連の発言が、政権寄りではないかと問題視されています。思うに籾井会長は素直なお人柄のため、率直な思いを正直に語られたのでしょうが、政権から何らかの力がかけられたわけではなく、その醸し出す雰囲気を勝手に忖度(そんたく)して発言されたのだと思います。

 ただ、視聴者や読者から権力の側に至るまで、既存のメディアへの批判や不信が高まっている中で、取材の現場がこうした空気に流されて自主規制をすれば、報道の軸は一挙に揺らぎます。

 私は、世の中の流れは、振り子のようであってほしいと思っています。世論が急激に一つの方向に振れると、国そのものがバランスを失って倒れかねないからです。ですから、左右に揺れながらバランスを取っていく社会が望ましいと思うのですが、そのバランスを保つ軸が、既存のメディアに求められる機能ではないでしょうか。「権力の側からはこう見えるかもしれないが、振り子の逆側からはこう見える」ということを、具体的にわかりやすく示す役割です。

 NHKの社会部で机を並べていた池上彰さんは、番組で幅広いテーマを取り上げていますが、安定した支持を得ています。伝え方を工夫すれば、視聴者や読者の心にきちんと届くはずなのです。

 マスコミとして権力に寄り添わず一定の距離を保つことは当然です。その一方で、マスコミに厳しい目が向けられている今、視聴者や読者との距離をどう縮めるか。振り子の機能を生かすことにポイントが隠れていると思います。

 (聞き手・古屋聡一)

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 はしもとだいじろう 47年生まれ。テレビ朝日系列の情報番組「ワイド!スクランブル」メインキャスター。NHK記者、キャスターを経て91年から高知県知事を16年務めた。
    −−「言論空間を考える:権力との向き合い方 半藤一利さん、橋本大二郎さん」、『朝日新聞』2015年02月28日(土)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S11625127.html





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