覚え書:「日本語の科学が世界を変える [著]松尾義之 [評者]萱野稔人(津田塾大学教授・哲学)」、『朝日新聞』2015年03月15日(日)付。

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日本語の科学が世界を変える [著]松尾義之
[評者]萱野稔人(津田塾大学教授・哲学)  [掲載]2015年03月15日   [ジャンル]科学・生物 


■英語に頼らずにすむ知的蓄積

 日本語を母語とする人にとって、科学の分野でノーベル賞を受賞するにはどれぐらいの英語力が必要だろうか。たとえば2008年にノーベル物理学賞を受賞した益川敏英は、その受賞講演会で「アイキャンノットスピークイングリッシュ」と冒頭で述べて、日本語で講演した。逆に、高い英語力をもった研究者が多い韓国ではなかなかノーベル賞受賞者が生まれず、なぜ日本がこれほど多くの受賞者を生みだせるのかに強い関心が寄せられている。英語がどこまで堪能なのかは、科学の分野で世界的な仕事をなすうえで本質的な問題ではないのだ。
 では何が本質的なのか。本書によれば、それは日本では英語に頼らなくても日本語で科学することができる点にある。じつは、欧米以外の国で、英語に頼らなくても自国語で最先端の科学を学び、研究することができる国はそれほど多くない。江戸末期以降、日本は西洋から近代文明を必死にとりいれ、新しい単語を創出しながら日本語のなかに近代的な知の体系をつくりあげてきた。その蓄積が日本語で科学することを可能にした。さらに本書は、日本語の特性が科学の探求や発展に大いに資したのではないかとも指摘する。もちろんそれを論証することは困難だが、その状況証拠となるような具体例を本書は数多くあげている。
 ことばとは知の活動におけるもっとも基本的な土台である。私たちはことばをつうじて考え、認識する。それは科学の分野でも変わらない。日本の創造的な科学者たちにとって最大の武器は日本語による思考だと本書はいう。たしかにそこでは英語力も必要だろう。しかし、いまの日本のアカデミズムや教育行政ではその最大の武器が忘れられ、英語で論文を書くことばかりが重視される。日本の国際競争力を高めるには英語力をつけるべきだとナイーブに考えてしまう人にこそ読まれるべき重要な本だ。
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 筑摩選書・1620円/まつお・よしゆき 51年生まれ。元「日経サイエンス」副編集長。『日本の数字』など。
    −−「日本語の科学が世界を変える [著]松尾義之 [評者]萱野稔人(津田塾大学教授・哲学)」、『朝日新聞』2015年03月15日(日)付。

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