覚え書:「特集ワイド:日本人に『勇気ある女性』賞 マタハラ被害、米政府なぜ注目」、『毎日新聞』2015年03月26日(木)付夕刊。

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特集ワイド:日本人に「勇気ある女性」賞 マタハラ被害、米政府なぜ注目
毎日新聞 2015年03月26日 東京夕刊

(写真キャプション)ミシェル米大統領夫人や他の受賞者と記念撮影する小酒部さやかさん(右から4人目)=小酒部さん提供

(写真キャプション)「日本の働き方のスタンダードは世界のスタンダードと違う」と語る小酒部さやかさん=川崎市で、小国綾子撮影
 アサド政権下で逮捕されたシリア人の人権活動家、エボラ出血熱と闘うギニア人の看護師……そんな女性たちとともに米国務省の「世界の勇気ある女性」賞を受賞したのは、妊娠・出産を理由にした職場での嫌がらせ「マタニティーハラスメント(マタハラ)」の被害者支援に取り組んできた小酒部(おさかべ)さやかさん(37)だ。主要7カ国(G7)出身者が受けるのは初めて。日本人が受賞したことから垣間見える現実とは……。【小国綾子】

 ◇男女平等の遅れ問題視 人権侵害との闘いにエール?

 小酒部さんは昨年7月、マタハラ被害に苦しむ女性たちをサポートする「マタハラNet」を結成した。

 自身もマタハラの被害者だ。深夜残業が日常の職場で契約社員だった。最初の妊娠で双子の赤ちゃんを流産した。半年後、再び妊娠した時、「今度こそ赤ちゃんを」と医師の指導に従い仕事を休んだ。しかし男性上司は家まで押しかけ「仕事と妊娠の両方を取るのは欲張り」と言い、出勤しないと契約更新しないと迫った。結局、出勤を余儀なくされた数日後、再び流産した。

 2度の流産が原因で卵巣機能不全と診断された小酒部さんに人事部長は「妊娠は9割あきらめろ」と言い放った。耐えられず、退職した。

 昨年6月、「マタハラで退職に追い込まれた」と労働審判に訴え、主張がほぼ認められる形で会社側と和解した。

 同Netには相談が次々寄せられる。妊娠が分かって以来、上司に「パートになれ」と言われ続けている人。就職してすぐ妊娠したら女性上司に「堕(お)ろさないなら退職してもらう」と脅され、やむなく中絶手術を受けた人。不妊治療を始めた途端、「妊娠して産休や育休を取得されると困る」と人員整理の対象にされた人……。だから小酒部さんは「この賞は私一人が受けたのではない。マタハラと闘う日本の女性たち皆に対する米国政府からの応援メッセージだと思う」と語るのだ。

 今月、授賞式のための渡米中、ミシェル・オバマ米大統領夫人の訪日予定を知った。ミシェル夫人に“直訴”しようと考えた。「どうか安倍晋三首相に私のことを伝えてください。歴代首相の中で誰より『女性活躍』を高く掲げている安倍首相にこそ、マタハラに苦しむ多くの女性たちの現実を知ってもらいたい」と。

 7日、受賞者全員がホワイトハウスに招かれた時、ミシェル夫人は小酒部さんの“直訴”を待たず、自分からこう切り出した。「(安倍)昭恵夫人にお会いした時、あなたのことは必ず伝えるから安心して」。小酒部さんはその時、「これがミシェル外交なんだ」と感じたという。

 ミシェル夫人が来日中、昭恵夫人と何を語り合ったかは分からない。しかし、来日中の講演でミシェル夫人はこう言った。「開発途上国だけではなく、日米の女性たちも今なお家族とキャリアのバランスを取るのに苦労している。功績あるプロフェッショナルと、献身的な母親と、両方同時にはなれないという時代遅れの通念に苦しんでいる」

 小酒部さんは米国で国務省トップらから「あなたの受賞はユニークだ(珍しい)」と何度も言われた。なぜか。

 同賞は2007年、米国務省が創設。時に危険を冒し、人権擁護や男女平等実現に尽力した女性に与えられ、発展途上国の受賞者が圧倒的に多い。受賞者の国籍は多い順にアフガニスタン11人、イラク4人、パキスタン4人。アジアでは北朝鮮難民の人権運動に関わる韓国人女性や、チベット問題に関わる中国人女性が受賞している。今回の受賞者10人の中には政府から弾圧を受け、命の危険にさらされた女性もいる。

 なぜ私が、と不思議がった小酒部さんに、米国務省は「この賞の名を借りて日本をおとしめる意図は一切ない。マタハラNetの活動を後押しし、エールを送りたいだけ」と説明したという。

 米国政治に詳しい西崎文子・東大教授(政治学)も「米国政府が日本にプレッシャーを与えようとした、などの深読みの必要はない」と見る。ただし「昨年の東京都議会での女性議員へのヤジ問題や日本の政治家に占める女性の数の少なさなど、日本の抱える女性問題や人権問題への関心が米国で高くなっていることは確かだろう」と指摘する。

 米議会調査局は昨夏、女性の活躍を成長戦略に盛り込んだ安倍政権の「ウーマノミクス」政策について報告書をまとめた。「男女平等が特に労働現場で他の先進国に比べ立ち遅れている」とし、都議会での女性蔑視ヤジ問題にも触れ、「女性リーダーを見下し、女性の役割は家庭にあると見なす根深い政治文化を露呈させた」と指摘している。

 西崎教授は言う。「死と隣り合わせの壮絶な闘いではなくとも、職場で一人闘うのは本当に勇気のいること。米国がマタハラを人権侵害と見なし、それと日々闘う日本の女性たちに深いシンパシーを示したということでしょう」

 日本のマタハラをめぐる状況は動き始めている。妊娠を理由に不当に降格させられたとして、広島県の女性が降格は違法だなどと訴えた裁判で、最高裁は昨年10月、妊娠中に仕事を軽減したのをきっかけに降格させることは原則「違法」とした。

 原告は同Netが支援してきた女性。「会社の裁量」で片付けられがちな降格人事を「違法」とした画期的な判決。これを受け、厚生労働省は今年、妊娠・出産と降格などの時期が近ければ「違法」と原則判断するように全国の労働局に通達を出した。

 小酒部さんは「私の受賞を機に、マタハラは深刻な人権侵害なのだという認識が日本社会に広がってくれれば」と期待する。「仕事を軽減されたなら、降格は当たり前」「契約社員が権利を主張するなんてワガママ」などのバッシングはあるが、小酒部さんは「契約社員だった私が声を上げることで全体の底上げにつながる」と信じている。

 「職場にゆとりがない時代、出産する女性へのサポート体制が不足し、マタハラを生む土壌となっている。女性だけでなく、サポートする側の社員や親の介護に悩む男性など、誰もが長時間労働せずに済む職場を」と語るのだ。

 ところで、ミシェル夫人に続き、昭恵夫人と会うチャンスがあったら何を伝えます? 現場の声に耳を傾けるのが身上の首相夫人から連絡がないとも限らない。

 「お目にかかれたら? 長時間労働を廃し、ライフ・ワーク・バランスを守り、多様な働き方を認めることが、人口減時代を迎えたこの国の未来を救う一番の処方箋ですよね、と伝えたい!」

 一人の女性の受賞が、より多くの人の労働環境改善のきっかけになるかもしれない。
    −−「特集ワイド:日本人に『勇気ある女性』賞 マタハラ被害、米政府なぜ注目」、『毎日新聞』2015年03月26日(木)付夕刊。

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http://mainichi.jp/shimen/news/m20150326dde012040003000c.html





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