覚え書:「特集ワイド:この国はどこへ行こうとしているのか 「平和」の名の下に 作家・平川克美さん」、『毎日新聞』2015年07月07日(火)付夕刊。

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特集ワイド:この国はどこへ行こうとしているのか 「平和」の名の下に 作家・平川克美さん
毎日新聞 2015年07月07日 東京夕刊

(写真キャプション)平川克美さん=東京都品川区で2015年6月25日、明田和也撮影

 ◇ソフトなクーデター

 たばこを2、3本吸った後だろうか。民主主義の危機を憂える気鋭の論客として活躍する作家の平川克美さん(64)が、ゆったりとした口調で、刺激的な一言を発した。

 「安倍晋三政権が今の国会でやろうとしているのは、ソフトなクーデターですよ」

 東京・品川の下町風情が色濃い商店街の一角にある喫茶店。自身が経営するこの店には、壁際にずらりと蔵書が並べられ、ジャズが流れている。居心地のいい空間にそぐわない言葉に心が波立った。そもそもクーデターは暴力行為を伴う政変のはず。アイスコーヒーをゴクリと飲み、次の言葉を待った。

 「民主主義の基本は、手続きにのっとって物事の方針を決めること。問題の集団的自衛権ですが、歴代の内閣も、憲法学者違憲であるという見解が一般的ですね。それでも安全保障関連法案を通したいのならば、憲法を改正してからやるのが筋でしょう。それなのに安倍政権は『日本を取り巻く安全保障環境が変わった』と憲法の解釈を無理やり変えようとしている。憲法の解釈が時の政権によって変更可能ということなら、法的安定性は喪失し、憲法は空文化します。歴代政権が守ってきた法治主義に対する一撃という意味でクーデターと言ったのです」

 そして安倍首相の主張には無理がある、と言葉を継いだ。「安倍さんは事あるごとに、占領軍に押し付けられた恥ずかしい憲法だと批判してきた。自ら侮蔑を公言するような憲法に従って、憲法に抵触する可能性のある安保法案の合憲性を主張しなければならないところに、この法案のわかりにくさの原因がある。中谷元・防衛相の『現在の憲法を、いかにこの法案に適応させていけばいいのか、という議論を踏まえて閣議決定を行った』という発言には、法案の作成プロセスが、本末転倒の議論であったことが明確に表れている」。時折、視線を天井に向け、言葉を選ぶような仕草を見せる。

 安倍政権への違和感。それを説明するために平川さんは、中曽根康弘元首相を例に挙げた。冷戦時代、中曽根氏はレーガン米大統領と「ロン・ヤス」と呼び合う関係を築いた上、日本列島を軍事拠点として「不沈空母」に見立てた発言や改憲に向けた発言を繰り返し、しばしば批判された。だが、と続ける。「中曽根氏は首相時代、かなり右寄りのイデオロギーの持ち主だと言われました。それでも論理の整合性を尊重し、無理はしなかった」

 そもそも安保法案には反対論が根強い。野党の反発だけではなく、市民のデモが国会議事堂を取り囲む。それでも安倍首相は今国会での成立にこだわる姿勢を変えず、こう口にする。「熟議を尽くした上で、最終的に決める時は決める」と。安倍首相が強行採決に踏み切るこの時こそ、平川さんは「ソフトなクーデターの第一歩になる」と見ているのだ。

 国会審議は安倍政権のシナリオ通りに進んでしまうように見える。なぜなのか。平川さんは表情を曇らせる。「あの戦争を体験として語れる人間が存在しなくなりつつあることが大きい。つまり同時代性を失っていることが原因です」と語った後、腕組みをした。

 「これまでの自民党には『戦時経済はこうだった』とか、『治安維持法で世間の空気がどう変わった』などと、戦争を知っている政治家がいました。同時代を生きていたのです。だから戦争に向かうような動きが出ると、『あんな時代に戻りたくない』との思いから抑制する行動に出た。でも、彼らが引退した今の自民党にとって、戦争は想像の世界でしかなくなり、ブレーキが利かないのです」

 確かに安保法案に反対する古賀誠さんや山崎拓さんは議員を引退。それに亀井静香さんは自民党を離れた。戦前生まれで、長老とも呼ばれる彼らはこう訴える。「国民は納得しておらず、大きな禍根を残す」

 一方、安倍首相をはじめとする閣僚のほとんどを戦後生まれの政治家が占めている。平川さんの目には「戦時中の空気はファンタジーの世界としか感じていないのだろう」と映る。「安倍政権は、集団的自衛権の行使が可能になる『存立危機事態』という概念を新設し、この場合は武力行使が認められる、このケースは駄目と議論している。しかし、自衛隊が活動する現場では、常に予想外の事態に対応しなければならない。リアリティーに欠ける議論を繰り返しているだけにすぎません」

 世代交代を止めることはできない。ならば、戦後生まれの政治家は何をすればいいのだろうか。「戦争を知っている世代の言葉を聞き、歴史を検証するしかない。歴史はいかようにも解釈できる面があるが、歴史を知る専門家の話に謙虚に耳を傾けることから始めることです」

 戦後60年を迎えた2005年、自民党が「新憲法草案」を発表。それを受け、改憲の必要性はないと主張する共著「9条どうでしょう」を06年に出版した。平川さんはこう記した。<理想というものは、現実と乖離(かいり)しているからこそ理想なのである。憲法はひとつの理想であるとわたしも思う>

 それから約10年。政治家が公の場で憲法は現実に合っていないと口にするようになった。安保法案を巡っては、衆院憲法審査会で憲法学者3人が憲法違反と見解を表明したことに対し、自民党高村正彦副総裁は「憲法学者はどうしても憲法9条2項の字面に拘泥する」などと批判したことが耳目を集めた。

 憲法の理念をないがしろにするかのような政治家の発言を、冷静に分析する。「彼らにとって憲法が邪魔な存在、足かせになっている。まさに憲法が機能し、歯止めになっている証左なのです」。平川さんの顔が一瞬、変わったように見えた。

 実際、多彩な顔を持つ。翻訳会社経営、大学教授、そして喫茶店経営−−。視線は常に身近なものに向け、商店街や路地裏を歩きながら資本主義の問題点などを考察してきた。その経験からなのか、思いもよらなかったことを口にした。「憲法はブランドなんです」

 コーヒーカップを手にしたまま一気に語り出した。「日本は70年間かけて磨いてきたブランドを前面に出していくのか、それを捨てるのか……。その選択を今の国会では迫られている。安倍首相は安保法案を成立させ、自衛隊を海外に派遣して積極的平和主義を実現すると説明する。そうでは、ない。憲法というブランドを各国に広め、その役割を知ってもらうことこそ、積極的平和主義と呼ぶべきでありませんか」。安倍首相の主張と真っ向から対立する姿勢はぶれそうにない。

 大事な話をする時の癖なのだろうか。腕組みをした平川さんと目が合った。自分の言葉で表現することの大切さ。それを教えてもらった気がした。【葛西大博】

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 ■人物略歴

 ◇ひらかわ・かつみ

 1950年東京生まれ。77年、翻訳会社設立。米国でベンチャー企業の設立に参加。ウェブサイト制作などを行う「リナックスカフェ」社長。立教大ビジネスデザイン研究科特任教授。「路地裏の資本主義」など著書多数。=明田和也撮影
    −−「特集ワイド:この国はどこへ行こうとしているのか 「平和」の名の下に 作家・平川克美さん」、『毎日新聞』2015年07月07日(火)付夕刊。

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