覚え書:「書評:映画の戦後 川本 三郎 著」、『東京新聞』2015年07月05日(日)付。

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映画の戦後 川本 三郎 著

2015年7月5日


◆筆冴える「張込み」論
[評者]小野民樹=大東文化大教授
 川本三郎の戦後映画エッセイ集は、高倉健の追悼ではじまる。三本立て上映の新宿昭和館で、全共闘学生がヤクザと共に喝采した健さんは、未組織労働者の陰あるヒーローだった。幻想の日本の旅人寅さんや律儀な日本人文太も既に逝き、現代のからっぽの風景を捉えた鉄道好きの森田芳光監督も早世した。犯罪者と刑事の交錯する東京の街路は「警視庁物語」に辛うじて面影を留めるのみ。前半は戦後日本の人と風景の追悼である。
 後半のアメリカ編の中心は「赤狩り」とベトナム戦争。進歩派インテリに対する下層大衆の怨念と、「裏切り者」の烙印(らくいん)を負い続けたエリア・カザンらの屈辱に目配りした鋭い「赤狩り」論は、騒乱の一九六〇年代に急進派に肩入れした川本の痛恨の挫折体験から生まれたものだろう。それは、帰るべき場所を求めて彷徨(ほうこう)するベトナム戦争後のアメリカ映画の苦渋を読み取ることにつながっている。
 川本にとって映画は単なるテキストや情報ではない。「張込み」論に筆が冴(さ)える。松本清張原作、野村芳太郎監督。評論家の目は、拳銃殺人犯を逮捕すべく、かつての恋人である高峰秀子を張る刑事の執拗(しつよう)な視線に一体化して、人妻の一瞬の輝きを凝視している。そのときスクリーンには、川本の青春の一コマが浮かんでいたはずだ。映画と人生を重ねあわせることのできた世代の幸福であろう。
七つ森書館・2376円)
 かわもと・さぶろう 1944年生まれ。文芸評論家。著書『大正幻影』など。
◆もう1冊 
 佐藤忠男著『映画で日本を考える』(中日映画社)。小津や黒澤らが日本の伝統文化をどう映像化したかを考証する。
    −−「書評:映画の戦後 川本 三郎 著」、『東京新聞』2015年07月05日(日)付。

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