覚え書:「記者の目:「琉球新報」から見た基地問題=中里顕(水戸支局)」、『毎日新聞』2015年07月15日(水)付。

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記者の目:「琉球新報」から見た基地問題=中里顕(水戸支局)
毎日新聞 2015年07月15日 東京朝刊

翌日の朝刊に向けた琉球新報の編集会議。左奥は潮平芳和編集局長=沖縄県那覇市天久で2015年7月3日、中里顕撮影

 ◇冷静な報道、工夫続く 中里顕(けん)(琉球新報で研修中)

 私は今年5月から、毎日新聞社との記者交流の一環として琉球新報社で研修している。同社は作家の百田尚樹(ひゃくたなおき)氏が6月、自民党の勉強会で「つぶさんとあかん」と言い放った沖縄2紙の一つだ。記者たちは冷静に受け止め、むしろこれまでの報道の足りないところを振り返る機会と捉えているようだ。水戸支局から米軍基地問題の最前線に飛び込み、当初は報道姿勢に戸惑いもあったが、今は沖縄と本土の相互理解が進むよう力を尽くしたいと思っている。

 私は政治部に所属し、県庁をメインに取材している。分野は多岐にわたるが、中でも交通政策は人口増が続く沖縄の鼓動を強く感じることができる。鉄道や次世代型路面電車(LRT)の導入に向けては検討が始まったばかり。一部で進む米軍基地の返還に伴い、沖縄はまだ街づくりに向けた投資が旺盛だ。人口減少で苦しむ自治体取材の経験が長かったので新鮮に映る。

 ◇抗議行動に密着、当初は戸惑いも

 ただ、当初は報道姿勢に戸惑いを持っていた。紙面では連日、宜野湾市の米軍普天間飛行場移設問題が1面に掲載され、移設先となっている名護市辺野古の大浦湾では記者たちが毎日のように市民らの抗議活動に張り付いていた。正直、「ここまでやる必要があるのか」という気持ちもあった。

 けれど、そうした報道をする大きな理由があることは知っていた。県民の4人に1人が犠牲になったと言われる沖縄戦だ。地元紙として戦意高揚を図り、悲劇の片棒を担いだ過去は消せない。松元剛・報道本部長は「あらゆる戦争につながる動きに対し、反対の声を上げていくことが沖縄の新聞の使命」と語る。今でも違和感が全くないと言えばうそになるが、取材先で沖縄戦体験者の声を聞くにつけ、松元本部長の言っていたことが次第に分かってきた。

 沖縄戦犠牲者の冥福を祈る「慰霊の日」から2日後の6月25日だった。午後8時過ぎに松永勝利・政治部長から部員に向けたメールが届いた。昼間あった自民党の勉強会の様子と、関係者取材の指示が書かれていた。急いで県庁に向かうと、先輩記者たちは想像していたのとは正反対に、この事態を冷静に受け止めているようにみえた。

 全国紙のように東京に大勢の記者を配置していない以上、情報は限られる。その中で問題をどのように扱うべきなのか。社内では「一文化人の百田氏の発言を問題視し過ぎるのはどうか」という意見もあったようだ。それでも議員の質問に誘発されるように百田氏の発言が飛び出したことがはっきりしてくるにつれ、「許してはいけない」という声が大きくなり始めた。

 ◇百田氏発言に「事実」挙げ反論

 私は憤りより悲しさの方が大きかった。百田氏の「(普天間飛行場の)周りに行けば商売になるということで、どんどん人が住みだした」といった発言に参加議員が何の反論もしなかったということを知ったからだ。

 この日何件目かの社員共有メールが届いた。差出人は社会部所属の仲井間郁江記者(33)だった。「悪意を持って意図的に放った言葉を、信じる人が増えることを防ぎたい」。会社のホームページに百田氏発言の検証コーナーを設置するよう呼び掛けていた。

 仲井間記者は2009年春から3年間、東京報道部で勤務した経験がある。親しかった県外の記者たちから聞いた言葉は今も耳に残っているという。「沖縄は本当に基地に反対なの?」「基地がなくなれば食べていけないんじゃない?」。ショックは強かった。その一方で、「分かってもらうための努力が必要」とも実感していた。

 一方、辺野古移設の反対運動を取材している社会部の金良孝矢記者(25)は「県民の多くが反対している中、地元紙がその思いを伝えるのは当然だと思う」としつつも、「問題をきっかけに、少数派とされる県民の意見についてもしっかり考えないといけないと感じた」と話す。

 ホームページの検証コーナーでは、百田氏の発言一つ一つに「事実」で反論する試みが行われている。戦前から普天間飛行場の場所には住民が住んでいたことなど、「既報」となっていることも一から説明している。伝え方の工夫だ。まだ効果は不明だが、仲井間記者は「問題を批判だけで終わらせてはいけない」と訴える。

 問題の発覚後、県外からの購読希望が増えているという。会社にも「負けないで」という電話が何度となくかかってきた。「知ってほしい」に呼応する「知りたい」という気持ちがなければ理解は広がらない。耳をふさぐ両手の力が少しでも和らぐように、地元紙の記者として、私も力を尽くしたい。
    −−「記者の目:「琉球新報」から見た基地問題=中里顕(水戸支局)」、『毎日新聞』2015年07月15日(水)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20150715ddm005070012000c.html





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