覚え書:「今週の本棚:中村桂子・評 『骨のうたう−“芸術の子”竹内浩三』=小林察・著」、『毎日新聞』2015年09月06日(日)付。

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今週の本棚:中村桂子・評 『骨のうたう−“芸術の子”竹内浩三』=小林察・著
毎日新聞 2015年09月06日 東京朝刊


 ◇小林察(さとる)著

 (藤原書店・2376円)

 ◇ひょんと消えた若き詩人がかいた戦争

 この欄には、ふと手にした本、題名に惹(ひ)かれて取り寄せた本などいろいろなきっかけで読んだ中の一冊に見出(みいだ)した、思いがけない発見や視点を共有したいという思いを書いているのだが、今回はその本筋からちょっとはずれる。二〇〇一年、『竹内浩三全作品集日本が見えない』(藤原書店)で「骨のうたう」などの詩を読んだ時は本当に驚き、仲間に触れ回った。一九五六年に私家版で刊行され、知る人ぞ知るだった詩である。それから十四年。太平洋戦争末期の一九四四年十二月に斬り込み隊員としてフィリピンに送られ、四五年四月二十三歳で戦死したこの詩人を通して、若い人たちに戦争とは何かを考え、向き合ってほしいという願いをこめての紹介である。年寄り臭い話だが、お許しいただきたい。

 「戦死やあわれ/兵隊の死ぬるや あわれ/遠い他国で ひょんと死ぬるや/だまって だれもいないところで/ひょんと死ぬるや」と始まる詩「骨のうたう」は、「白い箱にて 故国をながめる/音もなく なんにもなく/帰っては きましたけれど/故国の人のよそよそしさや/自分の事務や女のみだしなみが大切で/骨は骨 骨を愛する人もなし」と続く。しかも「がらがらどんどんと事務と常識が流れ/故国は発展にいそがしかった/女は 化粧にいそがしかった」とも。「事務と常識が流れ」という切り口が鋭い。

 「日本が見えない」という詩もある。「この空気/この音/オレは日本に帰ってきた/帰ってきた/オレの日本に帰ってきた/でも/オレには日本が見えない」と始まる。竹内は戦後を知らない。それなのにみごとに私たちが暮らす今を見通している。なぜこのようなことができたのか。真剣に生きる人だったからなのではないかと思う。二冊の小さな手帖(てちょう)に毎日書かれた日記がそれを伝えてくれる。子どもの頃からマンガが得意で、軍隊に入ってからも小隊長に「兵器の操作こそ不器用であるが、陽気で愛すべき兵卒であった」と言わせている。演芸会の常連でもあった。その竹内がフィリピンへ行く前に、「ぼくのねがいは/戦争へ行くこと/ぼくのねがいは/戦争をかくこと/戦争をえがくこと/ぼくが見て、ぼくの手で/戦争をかきたい(後略)」という詩を書いている。ここでいう戦争は、「大君のため、国のため」のものではなく、戦争そのものである。一九四二年、乙種合格がきまった時に、「××は、×の豪華版である。××しなくても、××はできる」という伏字だらけの文を同人誌に書いている。×が戦争、悪、戦争、建設の七文字であることは本の余白に書かれていた(こんなことまで伏字だったのだ)。悪の豪華版である戦争を実感し、自分のことばで書きたいというのである。

 時流に棹(さお)さすことはしないが、単に反戦を唱えるのでなく、人間の悪としての戦争をかき切ってみたいという表現者なのである。時代が変わろうとしている今、若い人たちに、戦争をかきたいとまで記した同世代の気持ちを考えてみてほしいと強く思う。

 竹内は人間が大好き、日常生活をとても大事にしている。未来の家庭を思い描いてもいる。著者は、「遺稿のすべてに脈々と流れているのは、『人間への愛情』と『言葉への信頼』の二つである。そして、それはいかなる極限状況下に置かれても変わることがない」と書いている。「遠い他国で ひょんと死ぬるや」。「ひょんと」という思いがけない言葉の中にその愛情と信頼がみごとに表現されている。二十三歳でひょんと消えてしまった若い仲間の言葉に耳を傾けてほしい。
    −−「今週の本棚:中村桂子・評 『骨のうたう−“芸術の子”竹内浩三』=小林察・著」、『毎日新聞』2015年09月06日(日)付。

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骨のうたう 〔“芸術の子”竹内浩三〕
小林 察
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