覚え書:「今週の本棚:大竹文雄・評 『マシュマロ・テスト−成功する子・しない子』=ウォルター・ミシェル著」、『毎日新聞』2015年09月06日(日)付。

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今週の本棚:大竹文雄・評 『マシュマロ・テスト−成功する子・しない子』=ウォルター・ミシェル著
毎日新聞 2015年09月06日 東京朝刊

早川書房・2052円)

 ◇自制心を強化すれば人生が変えられる

 インターネットで「マシュマロテスト」と入力して動画を検索してほしい。子どもがマシュマロを前にして、食べたいという誘惑に負けないように悪戦苦闘している様子をみることができる。子どもたちが直面しているのは、ただちにマシュマロ一つという報酬をもらうか、一人きりで20分待って、マシュマロを二つもらうか、というジレンマだ。

 この実験が最初に行われたのは、1960年代のスタンフォード大学のビング保育園。本書の著者は、その実験の考案者であり、自制心の研究で世界的に有名なコロンビア大学教授のウォルター・ミシェル氏である。

 本書によれば、実験でマシュマロを食べるのを何秒我慢できたかということで、子どもたちの将来について多くが予想できるという。「四歳か五歳のときに待てる秒数が多いほど、大学進学適性試験の点数が良く、青年期の社会的・認知的機能の評価が高」く、「二七歳から三二歳にかけて、肥満指数が低く、自尊心が強く、目標を効果的に追求し、欲求不満やストレスにうまく対処できた」のだ。fMRIで脳活動の特徴を調べると、欲求を先延ばしにできた人は、問題解決や創造的思考に使われる前頭前皮質(ぜんとうぜんひしつ)領域の活動が盛んだった。先延ばし能力が低い人は、欲求や快楽、中毒と結びついている腹側(ふくそく)線条体の活動が盛んだった。

 驚くべき結果だ。この結果だけを聞くと、自分の子どもや孫に、マシュマロテストをして、がっかりしたり、希望を抱いたりする人が出てくるかもしれない。マシュマロを食べるのを我慢するには、自制心と欲求充足を先延ばしにする能力が必要だ。自制心は、生まれつきのものなのだろうか、四、五歳までに形成されてしまって変わらないのだろうか、それとも、何歳になっても強化することができるものなのだろうか。だれでも知りたいところだ。

 著者の答えは、私たちに希望を与えてくれる。「子どもでも大人でも自制心を育むことは可能で、前頭前皮質を意図的に使ってクールシステムを活性化させ、ホットシステムを調整できる」のだ。そして、将来の自分をどれだけコントロールしたり変えたりできると自分が信じているかに、自分を変えられるかどうかが大きく依存している、という。自制心を強化することができるのなら、私たち自身が変わることができるだけではなく、家庭や学校での子どもの教育にも役立つ。実際、本書は具体的なヒントにあふれている。

 マシュマロを我慢できた子どもたちは、自制のスキルをもっていた。短い歌を作って歌ったり、滑稽(こっけい)な顔をしたりして、マシュマロから気をそらしたり、マシュマロを本物ではなく写真だと思ったりするというスキルだ。

 では、自制のスキルをどうすれば磨くことができるだろうか。有効なのは、「イフ・ゼン」実行プランを立てて、リハーサルをして、それが自動的に実行できるようにすることだという。「ミスター・クラウン・ボックス」が遊ぶことを誘ってくると「だめ。できないよ。仕事をしているんだから」と答えるという訓練をあらかじめしておくと、子どもたちは、誘惑に負けなかった。「イフ・ゼン」実行プランは、誘惑が多い環境の中で学生が勉強したり、ダイエット中の人がスナックを我慢したり、注意欠陥障害の子どもたちが衝動的反応を抑制するのを可能にしてきたそうだ。つまり、自制心を失いやすいホットスポットを見つけて、「イフ・ゼン」実行プランを作ればいいのだ。自分のホットスポットを突き止める上で有効なのは、日記をつけ、自制心を失ってしまった瞬間を継続的に記録することだ。

 実行プランを策定しても、ネガティブな情動は人生につきものだ。ストレスが大きくなると自制力が弱くなる。こうした時には、「壁に止まったハエ」からの視点で、自分を注意深く観察することがホットシステムを冷却するのに有効だという。自制心は消耗してしまうと思われがちだが、意思の力は無限大とか、使えばより元気になると思っていると、自制心は低下しないそうだ。むしろ、自制心を働かせる動機付けや目標をうまく設定することの方が重要だ。

 自制の力を発揮する上で重要なのは、「思考や衝動、行動、情動に対して、思慮深く意識的なコントロールを行うことを可能にする認知的なスキル」である実行機能である。実行機能が発達すれば、自分には自制能力や問題解決能力があるという信念や将来に対する楽観的な見通しをもつことになり、自制力も発達するという。

 うれしいことに、実行機能を強化する教育方法の開発が進んでいる。実行機能強化プログラムを受けた就学前の子どもたちは、標準的カリキュラムの子どもたちより成績がよくなっていた。「セサミストリート」という教育番組でも、自己制御のレッスンが含まれ始めているという。

 自制心を強める上で一番大切なのは、そのための目標と動機付けで、本人がそうなりたいと思うことだ。もっと早く本書を読んでいたら人生が変わったと思う人も多いだろうが、まだ間に合うのだ。(柴田裕之訳)
    −−「今週の本棚:大竹文雄・評 『マシュマロ・テスト−成功する子・しない子』=ウォルター・ミシェル著」、『毎日新聞』2015年09月06日(日)付。

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