覚え書:「月刊・時論フォーラム:反安保法案デモ/シリア難民/中国の脅威」、『毎日新聞』2015年09月24日(木)付。

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月刊・時論フォーラム:反安保法案デモ/シリア難民/中国の脅威
毎日新聞 2015年09月24日 東京朝刊

 集団的自衛権の行使などを可能にする安全保障関連法案が参院で可決された。戦後の安全保障政策の大転換といえる法案に、60年安保闘争以来とも評される広範な反対大衆運動が巻き起こった。ジャーナリストの森健さんは、今回盛り上がった若者中心の反対デモの意義を論じた。遠藤乾・北海道大教授は、シリア難民問題で日本の役割を問うた。水野和夫・日本大教授は、中国脅威論に異を唱えつつ、資本主義の今後を読む。

 ■反安保法案デモ

 ◆若者が示した連帯 森健

(写真キャプション)安保法案反対デモで、参加者の女性がスマートフォンで撮影した様子をSNSに投稿していた=東京都千代田区の国会前で8月30日、後藤由耶撮影

 9月某日夕刻、国会前でリズミカルなコールが響いていた。 「♪戦争法案、いますぐ廃案!」 「♪いますぐ廃案!」

 道路には「座り込み行動」のために数百人が集まっていた。この時間の中心層は各種労働組合の組合員らしく、組織の旗を持参した50−60代のベテラン勢が多く見られた。若い世代が集まりだしたのは日が落ちてからのことだった。 国会前で5月に始まった安全保障関連法案反対デモは8月30日、大きなピークを迎えた。この日デモは全国300カ所以上で行われ、国会前では群衆が道路を埋め尽くした。中心的存在だったのは「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」という団体。全労連自治労連らの古手が結集した市民団体だった。

 ◇新聞の扱い分裂

 だが、今年がぜん注目を集めたのはSEALDs(シールズ)という学生団体だ。これらのデモ、あるいはシールズをどう扱うかでメディアの姿勢が大きく分かれた。明確な差が表れたのが8月31日の各紙朝刊だった。毎日、朝日、東京は前日の大規模デモを1面で大きく扱った。東京は1面全面で「届かぬ民意 危機感結集」と扱い、計6面で報じた。

 対照的だったのが読売、産経、日経だ。3紙は社会面で数段の扱いだった。産経は「警察『3万人』主催者『12万人』」と見出しを付け、読売は同じ日に行われた500人ほどの小さな「賛成」デモも“公平”に報じた。安保法案への姿勢がデモ報道にも表れた形だが、全国300カ所デモに国会前を埋める群衆という事実に対し、後者3紙は意図的に矮小(わいしょう)化した印象は否めない。アメリカのジャーナリスト、W・リップマンの言う「燃料補給をとめて火を消すやり方」(「世論」)である。

 シールズのデモでは、国会で「違憲」証言を行った小林節・慶応大名誉教授や音楽家坂本龍一氏、脳科学者の茂木健一郎氏など著名な識者が数多く演説。こうした動向を前者3紙は好意的に報じてきた。一方、産経は公安関係者の声で「メンバーは基本的に無党派」と認めつつ、共産党が助言を行っているとも記した。

 ◇「カッコよさ」重視

 シールズの中心的存在である明治学院大学4年生の奥田愛基氏は、週刊文春(9月10日号)のインタビューにこう答えている。「民青(同盟)も共産党も嫌いだし、シールズを立ち上げるときに周辺に革マルや中核がいないか調べて、そのへんの人たちとは距離を置きましたよ。だって怖くないすか、そういうの」

 同記事では、彼らが「カッコよさ」を重視していることも伝えている。要は、いまどきの若者らしい嗅覚で政治と向き合っているのである。安保法案の中身について精度の高い理解をしているわけでもないこともうかがえるが、彼らはまだ学生であり、未熟な部分があるのは仕方ないだろう。

 だが、そんな奥田氏に厳しく接したメディアもある。9日、奥田氏はフジテレビの「みんなのニュース」に出演したが、そこで田崎史郎時事通信特別解説委員と伊藤利尋アナウンサーにやりこめられる一幕があった。

 奥田氏が「なぜ国民全員が安倍(晋三)首相のわがままにつきあわねばならないのでしょうか」と問うと、田崎氏は「選挙で選ばれたからです」と身もふたもない返答。番組で事前に用意された選挙結果などのフリップなどに、不慣れな奥田氏は窮した様子だった。

 夏のフェスティバルのようなマイク表現に1960年代末のジョン・レノン風チラシ。精度の高い議論より感覚的なのがシールズの特徴だ。そんな彼らに違和感をもつ人がいるのは確かだろう。だが、20歳そこそこの学生をつかまえてたたくべきものなのか。むしろ彼らが証明したのは共感や連帯感が広がる昔ながらのデモの力だろう。

 岸信介首相が日米安保条約改定を調印したあとの60年安保闘争について、思想家の鶴見俊輔はこう回想していた。「はじめて会った人でも、十年、二十年も知っている人のよう」「政府の側では、どういう目的をもつ、どのようなグループが岸反対の運動をやっているのか、理解できなかったと思う」(「<民主>と<愛国>」小熊英二・慶応大教授)

 また、若者にとっての闘争も昔から本質は変わらないだろう。小熊氏は「1968」で、60年代末の全共闘らの学生の叛乱(はんらん)をこう記している。

 「あれは政治運動ではなく、政治運動という形を借りた一種の表現行為、ないし模索行為であったとみるならばどうだろうか」

 それでいいのか、という声もあるだろうが、ある意味ではそれでもいいように思う。なぜなら未来を担うのは若者自身だからだ。

 ◇国会のほうが粗雑

 この数カ月、議論すべき項目は多々あった。「集団的自衛権」の解釈が違憲とされたことだけではない。「極東」に限定した日米安保条約から地理的範囲を逸脱していること、「存立危機事態」が日本だけではない「他国」を含む曖昧な概念であること……。

 振り返れば、国会の議論のほうが若者たちのコールよりよほど粗雑だったと、いま痛感する。

 60年安保では、改定調印後にデモは一層激化。治安維持に自衛隊出動まで岸首相は検討した。そして、改定の国会承認後に退陣した。孫の安倍首相は、いまのデモを見て、祖父のような責任を感じることはあっただろうか。

 ■シリア難民

 ◆日本も受け入れを 遠藤乾

 欧州への難民の流入が止まらない。福田が現地報告するように、ドイツの受け入れ能力も限界にきている。国内外からの批判も噴出し、メルケル首相も一時的な流入規制を認めざるをえなかった。

 日に1万5000人もの難民が入れば、規模やスピードの調整は必至だ。欧州連合(EU)諸国の足並みもそろわない。それを冷笑する前に、日本自身が「積極的」に推進するという「平和」の一国閉鎖的な性格について自問した方がよい。

 難民危機の最大因はシリアの内戦である。同国におけるアサド政権の爆撃や過激派組織「イスラム国」(IS)による抑圧を、日本が直接作りだしたとは言えないが、そこにイラク戦争の影響を見てとることはできよう。大義のないその戦争を支持したのは、他ならぬ日本である。ほっかむりを決めこんでよいのだろうか。

 かつて閣議了解で、1万人を超えるインドシナ難民を受け入れた日本は、本来的に閉じられた国ではない。問われているのは感度である。いまの日本が世界に開かれ、平和に関与・貢献する存在かどうか。そうすることが自国の利益になるのかどうか。

 安寧な生活を脅かされた人たちを見極め、一定数を受け入れることまではできよう。それ自体が正しい。加えて、日本が正しいことをする国だと映ることは、日本の利益である。まわりまわって、グローバルに飛び回る自国民が、たとえば中東でトラブルに見舞われたときの保険にもなる。

 難民を、対岸の火事として済ませてよいのか。日本の生き方が問われる。

 ■中国の脅威

 ◆妄想ではないか 水野和夫

 「世界史は陸と海のたたかい」といったのは、20世紀前半のドイツを代表する国際政治学カール・シュミットである。彼は、「陸と海と」で、中世から近代への転換期に、なぜイギリスが世界帝国スペインに勝利したのか、その理由をイギリスの「空間革命」に求める。

 安全保障関連法案は、安倍晋三政権がホルムズ海峡の危険などをあおったが国民の理解を得られず、それでも採決を強行した。背景に中国の台頭、具体的には南沙諸島の埋め立てや空港建設があるようだ。しかし、白石隆・川島真の対談(中央公論10月号)を読めば、中国脅威論がホルムズ海峡閉鎖論と同じくらい妄想だとよくわかる。

 彼らによれば、まさに「21世紀の陸と海のたたかい」がアメリカ側の日本、台湾、フィリピン、インドネシア、インド、そしてオーストラリアを結ぶT字を大きな基軸とする、いわば太平洋同盟と、中国のユーラシア大陸同盟の間で行われている。南沙諸島はTの横と縦が交わる、アメリカ側の最も弱い場所にある。だが川島は「中国も海洋に進出できないことはよくわかっていて(略)陸のほうがやりやすい」。

 「中国は間違いなく、経済のかなり重要な転換点にあります」(白石)。東京画廊の山本豊津の「アートは資本主義の行方を予言する」によれば、中国で余剰資金は土地より株式と美術品市場に流入する。最近の「中国の作品の価格高騰はすさまじいものがあ」る一方、絵画の市場も中国の次がないという。世界の政治・経済は黄から赤信号に変わったようだ。

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 ◆今月のお薦め4本

 ◇ジャーナリスト・森健

 ■自衛隊のリアル(滝野隆浩、河出書房新社)不審船事件、海外派遣など「死」が想定される経験から自衛隊は「軍」になってきた。

 ■安倍首相に「バカか、お前は」シールズリーダー格、奥田愛基インタビュー(週刊文春9月10日号)ラフながら注目を集めたデモの中心人物に直撃。党派色を嫌う語り口が彼らの色か。

 ■「ソフト・パワー」こそ最大の安全保障(遠藤誠治、潮10月号)専守防衛、安心供与という自衛隊ソフトパワーを生かすべし。

 ■自衛隊の軍事作戦計画(纐纈厚、世界10月号)小池晃参院議員が暴露した内部文書を詳説。4月の「2+2」のためで国会も軽視。

 ◆今月のお薦め3本

 ◇北海道大教授・遠藤乾

 ■難民流入はいつまで続くのだろうか(福田直子、ハフィントン・ポスト9月14日)

 ■原発の廃棄物処分は現世代の責任(近藤駿介中央公論10月号)再稼働は未来の世代に対する重い責任を現世代に課している。

 ■集団的自衛権容認は立憲主義の崩壊か?(山元一、SYNODOS8月20日)今後の戦いを示唆。

 ◆今月のお薦め3本

 ◇日本大教授・水野和夫

 ■習近平は真に強いリーダーか(白石隆、川島真、中央公論10月号)

 ■アートは資本主義の行方を予言する(山本豊津、PHP新書)中国で余剰資金は株式と美術品市場に流入するが。

 ■幻想の大国を恐れるな(エマニュエル・トッド文芸春秋10月号)中国は経済的にも軍事的にも「帝国」ではない。

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 ■人物略歴

 ◇森健(もり・けん)

 ジャーナリスト。1968年生まれ。早稲田大卒。「『つなみ』の子どもたち」で大宅壮一ノンフィクション賞。「小倉昌男 祈りと経営」で小学館ノンフィクション大賞

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 ■人物略歴

 ◇遠藤乾(えんどう・けん)

 北海道大教授(国際政治学)。1966年生まれ。

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 ■人物略歴

 ◇水野和夫(みずの・かずお)

 日本大教授(マクロ経済学)。1953年生まれ。
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