覚え書:「マスコミ倫理懇全国大会:メディアの70年、新たな役割模索」、『毎日新聞』2015年10月05日(月)付。

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マスコミ倫理懇全国大会:メディアの70年、新たな役割模索
毎日新聞 2015年10月05日 東京朝刊

(写真キャプション)マスコミ倫理懇談会第59回全国大会の全体会議=金沢市で2日、日下部聡撮影
 新聞、放送、出版各社でつくるマスコミ倫理懇談会全国協議会の第59回全国大会が1、2日に金沢市で開かれ102社・団体から約280人が参加した。「戦後70年−変革の時代に求められるメディアの役割」をメインテーマに、歴史認識や戦争、安全保障問題に関する報道の在り方、インターネット時代への対応について活発な議論が繰り広げられた。7分科会のうち3分科会での議論を報告する。

 ◇「俗人」の目線で 戦後70年報道

 「戦後70年報道 歴史認識と戦争の記憶が揺らぐ時代にメディアの果たす役割とは」と題した分科会は、安倍晋三首相談話や中国の「抗日戦争勝利70周年」軍事パレードなど、かつてなく政治的色彩を帯びた戦後70年報道について意見を交わした。

 最初にジャーナリストの江川紹子氏が、大沼保昭・明治大特任教授(国際法学)に対するインタビューをまとめた著書「『歴史認識』とは何か−−対立の構図を超えて」を基に講演した。大沼氏は、元慰安婦の女性に「償い金」を届けた「アジア女性基金」の理事を務めていた。

 江川氏はまず、アジア女性基金の事業が韓国で受け入れられなかった理由について、正義を優先し強硬な態度をとった韓国NGO、世論を変える努力を怠った日韓の政府とメディアなど、さまざまな要素が絡み合っているとの大沼氏の分析を紹介した。

 その上で、日本国内で「誠意が伝わらなかった」と嫌韓の空気が広がったことや、少しでも生活を良くしたいと金を受け取った元慰安婦女性が批判されたことを挙げ、主義主張や理想よりも「俗人的な目線」で問題に向き合う必要性を訴えた。

 続く討議では、複数の参加者から「日中、日韓関係の改善には、お互いの歴史をよく知る必要がある」との意見が相次いだ。朝日新聞の宮田謙一ジャーナリスト学校長は「共通認識ができなくとも、なぜ(認識が)違うか分かるだけでも大きな成果になる。歴史認識をすり合わせる努力が途絶えてきている」と警鐘を鳴らした。また、戦争体験者が減る中で「一つの事実を複数の証言や文献で裏付けすることが難しくなっている」との声も上がった。

 最後に、戦争取材に取り組んだ30代前半の記者3人によるパネルディスカッションが行われた。毎日新聞の山田奈緒記者は、戦争体験者からの投稿を元に「千の証言」シリーズを担当した。「(取材相手は)家族にも戦争体験を語っておらず、家族と一緒に体験を聞くことが多かった」と継承の難しさを話した。

 共同通信の宮城良平記者は、玉砕のあったサイパン島での取材を報告し「戦争を遂行した人が高齢化して話が聞けない」と語った。これに対し、江川氏は「証言にこだわれば戦時中に年少者だった被害者の話のみになってしまう」として、当事者が書き残したもの、語り残したもの、裁判記録などを丁寧に読み解き、被害・加害の両面から歴史を伝えてほしいと呼び掛けた。

 また、若い世代に記憶を継承していく取り組みとして、沖縄タイムスの稲嶺幸弘社会部長が「沖縄戦デジタルアーカイブ」を紹介した。体験者100人から聞き取りを行い、うち約30人の移動経路を地図にまとめ、スマートフォンタブレットでも見られる学習素材として無料公開しているという。【伊藤絵理子】

 ◇ルールを明確に ネット時代

 「ネット時代のマスメディア」分科会では、テレビ朝日報道局出身の奥村信幸・武蔵大教授▽ネット情報の削除請求に携わる神田知宏弁護士▽TBSの今市憲一郎社会部長▽毎日新聞デジタル報道センターの石戸諭記者−−によるパネルディスカッションを中心に議論が進められた。

 最も議論になったのは、犯罪報道で容疑者や被害者の情報をどこまで報じるかという点だった。

 神田弁護士は、犯罪報道で名前が出た人からの記事削除依頼が急増していることを指摘した。ネットユーザーが報道をヒントに検索し、個人情報を暴くなどして「ネット私刑」につながるケースもあり、メディアも対応が必要だと問題提起した。

 会場からは「報道は歴史の記録という意味もある。事件関係者の人物像や背景を正確に報じようとすれば、実名も含めて詳細な情報を書かなければならない。人権との折り合いをどう付けたらいいのか」(週刊誌経験の長い出版社幹部)、「ネットでどう拡散するかを常に気にしている。プライバシーに配慮するあまり、出す情報をセーブしているところがあり、ジレンマだ」(テレビ局幹部)などと戸惑いの声が上がった。

 「小保方晴子氏ら、犯罪ではなくても社会の耳目を集めた人物が『忘れられる権利』を主張したらどうなるのか」「政治家になろうとしている人物が、不利な経歴を隠すために削除依頼を悪用する可能性があるのでは」との質問もあった。

 これに対し神田氏は「小保方氏のケースは裁判所が削除を認めないと思う」との見方を示し、理由として、裁判所が公益性とのバランスを判断基準にしていることを挙げた。犯罪報道についても、図書館で紙媒体として公開されている場合など、ネット検索で人名がすぐに表示されない状態ならば「『受忍限度』と判断されるだろう」と解説した。削除依頼の悪用に関しては「まだ例はないが、あり得る」と述べた。

 TBSの今市氏は「人権への配慮の基準は、ネットがない時代から変わっていないと思う。一方で、配慮し過ぎて正確性や真実性まで犠牲にしないよう注意している」と述べた。武蔵大の奥村氏は「『どうしてそのニュースを出すのか』という理論と、報じる時のルールを明確にする必要がある。日本のメディアは、それらの点が曖昧だ」と指摘した。

 報道側の考え方についてネットの特性に応じた改革も議論となった。

 毎日の石戸氏は「『記事を出して終わり』ではなく、ネットを通じて読者とキャッチボールしながら、次の記事を考えるようにすれば、よりよい報道ができるのではないか。読者に迎合するという意味ではなく、気づかなかった視点をもらえた時に感謝するという関係だ」と語った。

 奥村氏も「常に見られているという意識を持たなければならない」と訴えた。その上でネット時代のメディアの課題として、情報を全部出す▽報道の過程を公開・説明する▽他メディアが報じた情報も扱う▽「新聞やテレビの方がネットメディアより上」といった「惰性」に基づく考え方をやめる−−ことを挙げた。【日下部聡】

 ◇公正な報道要求 安保関連法

 「有事法制と安保問題をどう報じるか」をテーマにした分科会では、軍事アナリストの小川和久・静岡県立大特任教授が「安全保障問題についての報道では、集団的自衛権と集団安全保障を混同した記事もあった。新聞には、歴史の記録者として正確で公正な報道を求めたい」と注文をつけた。

 仲正昌樹・金沢大法学類教授は安保関連法問題で全国紙の論調が二極化したことに関し「見出しだけで主張の分かる記事が多かったが、安保法への賛成派、反対派の中にも、さまざまな意見があることを突っ込んで報じてほしかった」と話した。

 会場からは、報道を振り返って「バランスの取り方に苦労した」「議論のすれ違いを整理できなかった」などの発言が出た。【尾崎敦】
    −−「マスコミ倫理懇全国大会:メディアの70年、新たな役割模索」、『毎日新聞』2015年10月05日(月)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20151005ddm004040070000c.html

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