日記:新しいアナキストと日本の民衆運動

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新しいアナキストと日本の民衆運動

 そして、こうした「新しいアナキスト」の要素は、日本においては反原発運動をはじめとする諸活動にも確実に根ざしている。
 第一に、政治経済的背景である。この三〇年にわたり、戦後体制をつくりあげてきた保守・革新双方の「権威」が大幅に衰退した。戦後革新勢力はもはや大規模な大衆運動を展開するだけの「権威」を有しておらず、いかなる政治勢力、社会勢力も主導権をとれないという空白地帯から、現代の運動は台頭することになった。
 第二は、運動の担い手である。新自由主義改革派、日本の安定的統治を可能にした企業社会的統合を突き崩し、中産階級から疎外された新たな階層を大量に生み出した。新たな階層とは非正規雇用層、自由労働者であり、文化資本と社会的地位のギャップが著しく、フォーディズム敵労働規律から「自由」な人々が、新たな「知的な政治的主体」として運動を牽引していくことになった。
 第三は、敵対性である。原子力ムラという明白な「敵」の存在は、運動の求心力を高めた。それまでのポストモダン的なシニカルな批評性は排斥された。方法と目的を一致させ、放射能原発に対する「不安」「怒り」「恐怖」をそのまま肯定するという運動スタイルのもとでは高踏理論は退けられ、結果重視の実践主義的な発想が支配的になった。
 第四は、集団形成と自発性である。この間の反原発運動のなかから、主導権を握る個人・組織が出てくることはなく、カリスマを生むこともなかった。ソーシャル・ネットワーク、あるいは会議でなされる論争や議論そのものがネットワークを構築・発展していく運動過程として機能し、運動の呼びかけはかつてのように垂直的な動員ではなく水平的になされ、政治的・社会的局面とクロスした場合には数千から数万の人々が結集するという運動基盤を築いた。
 そして、このような実践の蓄積は、運動の「器」のようなものをつくりだした。そしてこの「器」は、反原発という課題に限定されることなく、そのなかから、さまざまな課題に向けた運動が生まれることになった。二〇一三年から台頭し、全国に広がったポピュラーな反レイシズム運動も、まさにこの「器」のなかから生まれた。在特会という明確な敵を設定し、SNSのネットワークで呼びかけ、人々の怒りをそのまま肯定し街頭闘争を繰り広げるというそのスタイルは、まさにこの間の反原発運動がつくりあげた運動様式をさらに発展させたのである。
 このように「新しいアナキスト」は−−「アナキスト」であることに意識的か否かを問わず−−日本の対抗的運動が民衆性を回復回復していくプロセスにおいて不可欠の要素として根を張ることになった。それは世界的な運動の潮流と軌を一にしており、十数年にわたる左翼への深刻な挑戦を巻き返すための手がかりでもある。ただこれはあくまで端緒にすぎない。政治的社会的空白は広大であり、その空白から右翼ポピュリズムが頭をもたげる可能性は常に大きく開かれているからである。それを押しとどめ、この「新しいアナキスト」の萌芽が、新たな社会構造に対応する運動の組織化の技法へと発展していくか否かは、グローバリズム新自由主義がもたらす政治・社会の破壊に対する大衆的な怒りと抵抗に、この対抗的な思想と実践がどこまで根ざすことができるか、その長く粘り強い営為にかかっている。
    −−「訳者あとがき 『新しいアナキスト』と二〇一一年以後の民衆運動」、デヴィッド・グレーバー(木下ちがや・江上賢一郎・原民樹訳)『デモクラシー・プロジェクト オキュパイ運動・直接民主主義・集合的想像力』航思社、2015年、363−364頁。

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