覚え書:「【書く人】重厚さと裏腹の明るさ『石原吉郎シベリア抑留詩人の生と詩』大阪府立大教授・細見和之さん(53)」、『東京新聞』2015年10月18日(日)付。

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【書く人】

重厚さと裏腹の明るさ『石原吉郎シベリア抑留詩人の生と詩』大阪府立大教授・細見和之さん(53) 

2015年10月18日


 一九七○年代に多くの読者を得た石原吉郎(一九一五〜七七年)という現代詩人がいた。特務機関兵として旧満州に赴き、敗戦後は旧ソ連軍の捕虜となり、シベリア各地の収容所を転々とし、八年間の抑留生活の後に帰還した。本格的に詩を書き始めたのは四十歳近くになってから。シベリア帰りの詩人として、「見たものは/見たといえ」(「事実」)と訴え、収容所の体験と情景を盛り込んだ独特な詩を書き、体験から得た思想を『望郷と海』などのエッセー集につづった。
 本書は石原吉郎の詩やエッセーを生涯と関連づけながら新たに読み直した評論集だ。「若いころ石原の詩にのめり込んだ。失語すれすれを生きた単独者の場所から、被害者の告発でなく加害者の自覚から人間が誕生すると唱えたエッセーにも魅了された。でも初期の詩は自覚的にシベリア体験を描いたのではなく、無意識に情景を反復したものとある時期から思い始めた」
 だが、若い読者や周りの人たちは石原に過酷なシベリア体験を語らせ、その依頼に応じるにつれ、石原自身が次第にシベリア体験を主体化し象徴化し、収容所を舞台にした詩やエッセーを書き始めた。「繊細で純粋な人でしたから、死と隣り合わせの状況や人間の醜さを追体験する作業は苦しかったと思います」
 細見さんはそんな石原の詩を二つに分類する。漢字のアレゴリー的展開で抑留体験を正面から描いた「位置」のような重厚な詩と、それと対極的に幻想的でユーモラスな「自転車にのるクラリモンド」のようなロマンス語系の詩。「重い体験や思想を断ち切る明るくふくよかな詩を、自覚の向こう側で書いていたのは救いですね」
 石原吉郎が活躍した七○年代は、時代の経験や意味を詩の骨格とした戦後詩の時代が一巡し、自己増殖的なイメージやリズムで言葉を紡ぐモダニズムの詩や、非常時から離れた日常をつづる詩など、多様なスタイルが広まった時代だった。
 「石原吉郎は戦後詩的な経験を背景にしながら、モダニズムの手法で詩を書いた。収容所体験から石原の詩を読むのでなく、詩というテクストから彼の経験を捉え直したけれど、テクスト論に終始できなかったのは、石原の実存があまりに強烈だからです。そのジレンマの中で書き進めました」
 綿密な詩の読解と共に戦争と人間のドラマを実証的にたどった大きな成果だ。
 中央公論新社・三○二四円。 (大日方公男)
    −−「【書く人】重厚さと裏腹の明るさ『石原吉郎シベリア抑留詩人の生と詩』大阪府立大教授・細見和之さん(53)」、『東京新聞』2015年10月18日(日)付。

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