覚え書:「特集ワイド:続報真相 年金積立金“ギャンブル化” GPIF、世界同時株安で損失一時「8兆円」」、『毎日新聞』2015年11月13日(金)付夕刊。

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特集ワイド:続報真相 年金積立金“ギャンブル化” GPIF、世界同時株安で損失一時「8兆円」
毎日新聞 2015年11月13日 東京夕刊

年金積立金塩漬け1.5兆円、やっと決まった使途
日本年金機構 職員宿舎7棟、入居者3年以上ゼロ
安倍政権の「新三本の矢」は年金不安を取り除けるか
年金質問箱「退職後、年金減額はいつ解除か」
公的年金資産株式運用の是非
(写真キャプション)世界同時株安で700円以上値を下げた日経平均株価を示す電光ボード=東京都港区で2015年8月25日、喜屋武真之介撮影

 年金財源の一つである年金積立金に一時、巨額の損失が発生した−−。そんなニュースが金融関係者の間で話題になっている。その額は約8兆円という試算もある。積立金を運用する「年金積立金管理運用独立行政法人」(GPIF)は昨年来、運用益を増やそうと、株式での運用比率を高めてきたが、それが裏目に出たのか。真相を追った。【小林祥晃

 「年金積立金に数兆円規模の運用損が出たのは間違いありません。今夏の世界同時株安の影響です」(ある証券会社員)。この話は先月以降、一部メディアでも報じられたが、額については「約9兆円」「約8兆円」などまちまちだ。

 ここに、国内の大手金融機関の内部資料がある。GPIFの運用実績を試算したものだ。それによると、7−9月期にGPIFが出した運用損は、国内株で約4・3兆円、外国株で約3・7兆円。作成に携わったエコノミストは「ほかに国内外の債券で1000億円強の利益があり、差し引き約7・9兆円のマイナスと見られます。4−6月期はプラス2・6兆円の運用益があるので、4月以降の運用実績は9月末時点でマイナス5・3兆円といったところでしょう」。他の金融機関も同様の試算をしているという。

 GPIFは3カ月ごとの運用実績を公表しているが、問題の7−9月期については今月中にも発表される予定だ。広報担当者にこの試算をぶつけると、運用損については否定せず「株価は動いており一時的に下がることもあります。しかし、日経平均株価はその後、回復しました。10月末時点で集計すれば損失はほとんど取り戻している。短期的な運用実績に目を奪われず、長いスパンで結果を見てほしい」と話した。

 実際、先の金融機関も、今月6日時点で運用益を計算し直すと、4月以降の累積運用実績は再び「プラス1・3兆円」に転じていると見る。

 実は、GPIFはアベノミクスによる株価上昇で、2013年度は約10兆円、昨年度は約15兆円の運用益を得ている。リーマン・ショックのあった08年度は約9・3兆円の運用損を出したものの、06年の設立以来、累積の収益は約40兆円のプラスだ。「長期的には利益を出し続けている」と言うGPIF担当者の自信も根拠がないわけではない。だが「それなら一安心」と片付けて良いのか。

 ◇株式運用増のリスク裏付け

 「一時的な株価の上下で一喜一憂することはありませんが、これまでと比べ、振れ幅がだいぶ大きくなったという印象を持ちます」。そう語るのは、年金財政について厳しい指摘を続けている鈴木亘学習院大教授(社会保障)だ。

 「今回の株安は世界経済をどん底に落とすような危機ではなかったにもかかわらず、リーマン・ショック時の年間損失額に迫る7・9兆円もの損失が出た。資産運用で株式の比率を上げたことで、明らかにリスクが高まりました」

 年金積立金は、かつて年金財政が潤沢だった頃に国民が納めた保険料の一部だ。現在、そのほとんどをGPIFが運用し、今年6月末の残高は約141兆円。

 GPIFは昨年、基本ポートフォリオ(資産構成割合)を変更した。国債など国内債券を60%から35%に引き下げ、国内株と外国株をそれぞれ12%から25%に増やした。一義的には高収益を目指すためだが「株価連動内閣」と言われる安倍晋三政権が主導し、野党などから「株価対策だ」と批判された。

 では、年金積立金はどう使われるのか。現在の年金制度では、現役世代の保険料はほとんどそのまま高齢者が受け取る給付に回される。13年度の保険料収入は約31兆円だが、給付総額は約50兆円。不足分は国の予算と、この年金積立金からの拠出で補っている。ここ数年、GPIFは毎年4兆−5兆円を取り崩している。

 今回の「巨額損失」は、ひとたび株価が下落すれば、年金を支える積立金が大きなダメージを受けることを実証したと言えるが、埼玉学園大の相沢幸悦教授(金融論)は「今後も再び株価が下落しない保証はありません」と警告する。

 「GPIFは昨年から株式の比率を徐々に高めてきました。比率を1%上げれば1兆円超の資金が市場に投入されるだけに、株価も底上げされました。ところが、現在の比率は目標の25%にだいぶ近づいたと言われている。今後、投資家が『これ以上は増えない』と判断し『売り』を増やす可能性があるのです」。売りが増えれば株価は下がる。

 さらに世界経済減速の懸念もある。「米国が利上げをすれば新興国の景気が後退する。中国や欧州の経済も不透明。そんな中、海外投資家が当面の利益を確保しようと日本株を手放せば、また株価は下落する」

 投資では株が下落したらすぐに売って損失を最小限に抑えるのが鉄則だ。しかし、相沢教授は「世界最大級の機関投資家であるGPIFが同じように売りに走れば、さらに株価は下落する。結局、GPIFは株を売れず損失をかぶり、巨額の資金が消滅するリスクがある」と言うのだ。

 鈴木教授は「一番の問題はポートフォリオ変更でリスクが高まったのに、それを国民に説明せず勝手に進めたことだ」と憤る。鈴木教授によると、米カリフォルニア州の公務員の年金は、運用方法について加入者全員の意向を確認し、それを基に運用比率などを決定しているという。「日本では手堅い運用を望む国民も少なくないはずです。年金積立金は国民の資産なのだから、国民の意思を確認すべきです」

 世界の年金制度に詳しい日本総合研究所上席主任研究員の西沢和彦さんも「ポートフォリオ変更は、本来なら国政選挙の大きな争点になってもよいくらいの話だ」と話す。

 西沢さんは、年金資金に損失が出た場合、その時代に生きる者が給付額を減らしたり、保険料を引き上げたりして「穴埋め」するのが原則だと強調する。「カナダやスウェーデンの年金にはそういった仕組みがあります。ツケを子孫に先送りすることになるからです。日本にもそのような仕組みがあれば、運用比率を変更する際に必ず議論が巻き起こったはずです」と、制度改革の必要性を説く。

 ◇低格付けのジャンク債にも

 さらに不安なのが「ジャンク債」と呼ばれる海外の低格付け債での運用だ。格付け機関の評価で「ダブルB」以下のハイリスク・ハイリターンの国債社債のことで、財政不安が続くギリシャ国債もその一つ。先月から新たに購入することが決まった。

 GPIFはこう説明する。「リスクは高いのですが、なるべく安全な債券を慎重に選びます。購入額は外国債(構成比率15%)の中の5%程度。全体としては極めて低い割合です。万一、損が出ても、積立金全体では運用益が出るよう投資先を分散している。全体のリスクは変わりません」(GPIF担当者)

 しかし、西沢さんは「『わずかな額だからいい』とか『損をしても他でカバーする』という考え方は疑問。積立金がどういう性質のお金なのか分かっていない」と手厳しい。

 「国民にとって月々約1万6000円の国民年金保険料は決して安くありません。減免措置を受けて支払っている人もいる。日本年金機構の職員だって徴収に苦労しているはずです。国民の思いや現場の苦労を考えたら、そんな発想はできないはずですよ」

 確かに、外国債の5%とはいえ、約140兆円の資金の中ではおよそ1兆円に上る。GPIFの感覚はどこか軽過ぎはしないか。

 前述のように、国は給付の不足分を年金積立金から取り崩す一方で、「100年先まで積立金が底をつかないよう運用する」との基本方針を掲げている。だが、今回のような株価暴落に見舞われたり、ジャンク債など高リスクの投資に失敗したりすれば、一瞬にして巨額の資金を失う。政府答弁書でも、リーマン・ショックの年の損失を現在の運用比率に当てはめた場合、損失額は当時の3倍近い約26兆円になるとしている。100年どころか近い将来、積立金が枯渇することになりかねないのだ。

 鈴木教授は「今やるべきことは年金財政の抜本的立て直し。痛みを伴うかもしれないが、保険料と給付のバランスを見直すことが必要なのです。それを先送りし『運用で神風が吹く』というような期待をしている。それではまるでギャンブルです」。

 相沢教授は「国内株の比率は、34%まで上げられることになっています。安倍内閣は株価連動内閣。今後の政治状況によっては、選挙前に株高を演出するため、株式を買い増しするよう圧力をかけるかもしれない。そうなれば積立金はさらにリスクにさらされる」と話す。

 年金資金は国民の財産。政治利用は許されない。
    −−「特集ワイド:続報真相 年金積立金“ギャンブル化” GPIF、世界同時株安で損失一時「8兆円」」、『毎日新聞』2015年11月13日(金)付夕刊。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20151113dde012020003000c.html





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