覚え書:「記者の目:パレスチナ ユダヤ人らへの襲撃=大治朋子(エルサレム支局)」、『毎日新聞』2015年11月20日(金)付。

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記者の目:パレスチナ ユダヤ人らへの襲撃=大治朋子(エルサレム支局)
毎日新聞 2015年11月20日 東京朝刊


(写真キャプション)ユダヤ人居住地区につながる検問所で、イスラエル治安当局者に着衣を上げて見せるパレスチナ人の若者。「屈辱的」と反発が強い=東エルサレムで10月22日、大治朋子撮影


 ◇若者の絶望、無視するな

 イスラエルが占領する東エルサレムヨルダン川西岸地区で、パレスチナの若者によるユダヤ人らへの襲撃が相次いでいる。この状況は連載「イスラエル・エンドレスウォー 第1章パレスチナ地殻変動」で詳報した。背後には、占領下で未来に希望を持てない若者らが抱える深い絶望があることを改めて伝えたい。

 地元メディアによると、10月以降に死亡したユダヤ人は12人、パレスチナ人は85人で、双方の負傷者は計7000人に上る。「容疑者」85人のうち20歳未満は少なくとも30人、20代を含めると67人以上で全体の8割近くを占める。武装組織に属さず逮捕歴もない若者が、衝動的にナイフを取り、兵士やユダヤ人入植者らを襲っている。彼らはなぜいま、攻撃を始めたのか。

 求めているのはイスラエルによる占領の終結だ。1967年の第3次中東戦争で勝利したイスラエルは、パレスチナ人が集住する東エルサレムなどを併合し、ヨルダン川西岸地区などを占領した。ユダヤ人入植地も拡大させ、現在、入植者は50万人を超える。占領地への移住は国際法違反で、国連安全保障理事会は非難決議案の採択を試みてきたが、イスラエルと同盟関係にある米国の拒否権に阻まれ、世界に類を見ないほどの長期占領が容認されてきた。

 ◇2度の民衆蜂起知らぬ世代反乱

 パレスチナ人は87−93年の第1次インティファーダ(反イスラエル民衆蜂起)、2000−05年の第2次インティファーダで抵抗してきたが、武力で制圧された。現在30代以上のパレスチナ人は、当時の挫折感から民衆蜂起に失望したとされる。だが、その挫折を知らない新世代がいま、各地で「一匹オオカミ」の波状攻撃を仕掛けている。

 「容疑者」の出身地を追うと、85人のうち23人は東エルサレム、27人はヨルダン川西岸地区ヘブロン出身で、両地が全体の6割近くを占めていた。パレスチナ政策調査研究センターのシカキ代表は「どちらもイスラムユダヤ両教の聖地を抱え、近くに入植地があり、入植者との衝突が絶えない。日常的なストレスが大きく、若者の過激化が目立っている」と指摘した。

 ヘブロンの元市長、アブ・ハダル・ジャーバリ氏(68)が彼らを代弁する。「失業率が高く、大学院を出ても路上で果物を売っている。絶望の中で生きるぐらいなら尊厳を持って死にたい、とナイフを握っているのだ」。国連によると、14年の西岸地区の失業率は18%。15−29歳は特に高く3割弱で、東エルサレムでは住民の4人に3人が貧困ラインを下回る低所得層だ。

 イスラエル治安当局は、ナイフで向かってくるのが中学生でも射殺をためらわない。若者はそれを承知で、決死の覚悟で臨む。暴力を容認するつもりは毛頭ないが、彼らがそこまで思い詰めている状況に目を向けなければ解決策は見いだせない。「テロリスト」と呼んで殺すだけでは、事態は悪化するばかりだ。

 ◇ネットでの発言、拘束で反感拡大

 「なぜ、いま」の問いには、フェイスブックで5万人以上のフォロワーを持つ東エルサレム在住のカメラマン、アブダラ・アエシュさん(23)らが答えてくれた。「イスラエルパレスチナの治安当局は昨年夏ごろから、『暴力を扇動した疑い』などとして、ネット上で活発に発言する若者の大規模な拘束に乗り出した。僕らには発言する権利すらないのか、との反発が急速に広がった。最近の攻撃は、こうした反感の延長線上にある」。昨夏といえば、パレスチナガザ地区を実効支配するイスラム原理主義組織ハマスが、イスラエルとの50日に及ぶ戦闘を続けた時期だ。ガザでは過去最悪の2200人以上が犠牲になったが占領状態は変わらず、事態を打開できないパレスチナ自治政府アッバス議長の「打倒」「暗殺」を求める声も広がったという。

 9月中旬にエルサレムのアルアクサ・モスク(イスラム礼拝所)で起きたイスラエル当局と若者の衝突が原因と見る向きもあるが、「怒りのマグマを爆発させた最後の一突き」(シカキ代表)だろう。

 イスラエルパレスチナ双方は、パレスチナ国家の建設による「2国家共存」支持の立場を示す。だが、実際には双方とも「現状維持」を望んでいるように見える。入植者に支えられたイスラエル右派政権も、ライバルのハマスに権力を奪われたくないアッバス議長にとっても、「現状維持」は権力の維持を意味するからだ。

 パレスチナは25歳未満が半数を占める若者社会だ。その声を無視することは、未来を無視するに等しい。力ずくで一時的に抑え込んでも、より大きな波となってはね返ってくるだろう。若者の声を真摯(しんし)に受け止め、本質的な解決に挑む指導者が求められている。
    −−「記者の目:パレスチナ ユダヤ人らへの襲撃=大治朋子(エルサレム支局)」、『毎日新聞』2015年11月20日(金)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20151120ddm005070009000c.html





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