覚え書:「おんなのしんぶん・加藤登紀子 Tokiko’s Kiss 松本零士×加藤登紀子 対談全文」、『毎日新聞』2016年01月04日(月)付。

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おんなのしんぶん・加藤登紀子
Tokiko’s Kiss 松本零士×加藤登紀子 対談全文

2016年1月4日

松本零士さん(左)と加藤登紀子さん=東京都練馬区で2015年12月10日、内藤絵美撮影

 加藤登紀子さんが会いたい人と語り合う「おんなのしんぶん」の連載「Tokiko’s Kiss」。4日朝刊に掲載された松本零士さんとの対談の詳報です。松本さんには「宇宙戦艦ヤマト」を描くようになったきっっかけや「青い宇宙」への思いなどを率直にお話しいただきました。【吉永磨美】

「大宇宙の旅」

加藤さん 松本さんは零時を過ぎた夜にいつもお仕事をなさるんですね(笑い)。だから零士さん! 宇宙に興味を持たれたのはいつ頃ですか?

松本さん 子供の頃からですね。京都大においでになった荒木俊馬教授の著書「大宇宙の旅」は小学5年生の時に読みました。中学校の時に気に入り、姉に買ってもらいました。光の女神が少年を連れて宇宙を旅する設定になっていました。宇宙の概念についても書かれており、この本を読んでから、宇宙や未来を自分なりに想像するようになりました。

加藤さん まるで「銀河鉄道999」のメーテルと鉄郎みたいですね。先月、金星探査機「あかつき」が約1億5000万キロ離れた地球からの遠隔操作で、金星の軌道に載せることに成功しました。すごい技術力ですね。宇宙ステーションは地上400キロのところにある。

松本さん 宇宙ステーションに滞在中の宇宙飛行士、油井亀美也さんとは巨大な液晶画面を前にお話ししましたよ。

加藤さん すごい。そんなに離れていても、映像と音声でお互いの意思疎通ができるなんて。国際宇宙ステーションの運営はインターナショナルでやっているんですよね。国家間の争いはないんですか?

松本さん ないです。国境もないですよ。

加藤さん 私が挿入歌を担当させていただいた映画「キャプテン・ハーロック−SPACE PIRATE CAPTAIN HARLOOK−」(2013年公開)では、ある種、「地球環境が進んで、人が住めないところになっていく」という設定ですね。何年後を想定されたものですか?

松本さん そうですね、今から数百年後の話です。言いたいのは、地球に穴をあけないでくれ、ということです。願わくば、よその星へ行って資源を獲得してきてほしい。

加藤さん 地球に穴をあけるとは?

松本さん 地球の天然資源を無制限に掘削することですね。

松本さん 宇宙へ行って、宇宙で資源を獲得したらどうかと考えています。この部屋の壁紙になっている写真は、アポロの乗って着陸した宇宙飛行士が撮った月面写真です。この平原には「常温無放射線核融合」が可能だという「ヘリウム3」があると言われていました。このように月に限らず、宇宙には資源が豊富にあって、これらを使用可能なエネルギーに替えて、地球に送ったらよいと考えています。宇宙開発を何のためにやっているのか−−。それは、将来の地球を救うためにやっているんです。単に星を見て楽しんでいるわけではないんですよ。

加藤さん ある地域では、海水を淡水化して飲用に利用し、処理後に濃くなった海水を付近の海に返していると聞いています。そうすると、塩分濃度が高くなってしまい、生物が住めない海になってしまうとも……。

松本さん もう人間が自然に干渉し過ぎて、自然を破滅させているんです。SFの中で考えてきた危機的状況が実際に起き得ると思うんです。

加藤さん 戦争も含めて、人間が地球上で行っていることの多くが、地球にとってマイナスの結果を生んでいるってことですね。

松本さん 人間同士が、争っている場合じゃない。地球の自然も含めて、少しでも今ある生命体を長く存在させ、持続させようとすることが、この世に生まれてきたものの使命ではないでしょうか。生を受けた者同士がけんかして、殺し合うなんてとんでもないことです。

この目で地球を見たい

加藤さん そのうち観光旅行で、月、火星を回ることができる時代が来るんでしょうか?

松本さん 私は、「地球に帰れなくてもいいから、自分を宇宙に打ち上げてくれ」としょっちゅう話しています。「この目で地球を見てから人生を終わりにしたい」と思っている。これまで、いろんなものを描いてきたけど、地球だけはこの目で見て描いていないんですよ。実際の物体を見て、裏側まで知っていて描くのと、写真や資料だけ見て、平面だけを知って描くのとは、全然違います。

加藤さん 実物を見て描くことが大事なんですね。

松本さん 絵を見ると、「この人は写真を見て描いたな」と思うものと、「この人は実物を知っているな」というものが分かりますね。自分の目で見ていると、裏側の大きさや物体のボリューム感まで分かってくる。裏側が描かれなくても、手前側を書く時にそれを全部頭に入れて描くから、絵にボリューム感が生まれるんですよ。美術の世界では、ヌードのモデルさんを囲んで、デッサンをやるでしょ。あれは必要なことなんですよ。

加藤さん 裏表を知っているということなのね。

松本さん 高校卒業後、上京して本郷3丁目(東京都文京区)に住んでいた頃に後楽園の近くにあった画廊でデッサン会があったわけですね。友人に誘われて行ったんですけど、そこにはヌードの女性のモデルさんが立っているわけですよ。その方が自分の好みではなかったので、「嫌だ」といって帰ってしまったのですが、後になってから、あの時、モデルさんを描いておくべきだったと反省しています。「なんのために、モデルを見ながらデッサンをやるのか」というとですね、立体感をきちんと理解するためではないかと思います。

加藤さん ドキドキしながら……。若者が、女性の裸体を描くために大事なのね(笑い)。

松本さん 私は子供の時から暴れ回って、けんかをしたり、殴ったり殴られたりしていました。だから、殴る、殴られるということが、どのような感覚なのかといったら、自分自身が分かるわけですよ。その上で描写する。歌についても、歌われる時にご自分の体験が情感として、表に出るのではないですか?

加藤さん そうですね。私たちの世代、戦争も含めて、体験したことが豊富にある世代からすると、平和な時代に育った人たちというのが、すごく平面的に見える時があります。

松本さん それに今は、若い人に対して、「あれするな。これするな」と言って、制限をかけているでしょ。我々が泳いだ山や海の多くが、立ち入り禁止になっていますよ。

加藤さん 遊んだりした体験がないと、海や山をリアルに描ききれないかもしれません。

松本さん そもそも絵を描けないんじゃないどころではなくて、大人になる人生の中で、命を失う危険が高まっていくんですね。さまざまな体験を通じて、人は「こういう時にはこうするんだ」ということを体で覚えているわけです。私は子供の頃、関門海峡で泳ぎまくっていましたから。貨物船の腹くぐりまでやったことがあってね。むちゃくちゃですが……。

 バヌアツ共和国ニューカレドニアに取材に行った時、海に飛び込んだことがあるのですが、なんと激流だったんです。その時、「こういう時は……」と思い返したのが子供の頃の関門海峡での経験です。そのおかげで、あの激流を乗り切って、船に無事に帰ることができました。

 あの時、私を泳ぎに誘ったのが、友達の漁師の息子。その友達が「跳び込め、松本!」と誘ってきた。生まれて初めて海に入るので、たじろいでいたら、「それでも男か!」と言われましてね。「男か!」といわれたら、跳び込まないわけにはいかないでしょ。そして、跳び込むと浮力が強かったですね。川に比べて。それで、そいつと一緒に海を泳いで、泳ぎを覚えました。バヌアツから無事に帰ってきて、その友達に感謝しましたよ。彼があの時に「跳び込め」と言ってくれたから、激流の中でも助かったんだと思います。

 誰でも人生の中で、自分の命の危機を感じる瞬間があるわけです。今の子供にはそういった経験し、体感する機会が失われている。今の大人は子供に「あれするな、これするな」と言い過ぎで、大きな間違いだと思っています。

加藤さん 子供の可能性は無限大です。そのような可能性をさらに伸ばすには、「空の下にいる時間を増やせ」と言う人がいます。家の中にいると、そういった経験をせず、閉じられた世界で生きてしまうから。一歩踏み出せる人が育つには、家の中にいないように育てるべきだと。

松本さん 外で暴れ回るのはいいことだと考えています。そういった中で体得したことが自分の命を救うのです。

偉大な糸川英夫教授

松本さん 科学技術が進んで、そのうち、ロケット以外に「重力エレベーター」で宇宙へ行ける時代が来ると信じています。もともと、私は、大学の機械工学部を志望していました。しかし、金銭的余裕がないため大学へ進学しなかった。その代わり、弟が研究者になりましたけど。

 私は本郷3丁目に下宿していたのですが、このことを東京大教授の糸川英夫先生にお話ししたら、先生は「何を言うか。だから、今のあなたがいるんだ。それが良かったんじゃないか」と背中と肩をたたいて、励ましてくださった。「偉大な先生だ」と思いました。人の志望とか生き方を支えて、応援してくださる人でした。最初、研究室に突然入ったのに、優しく接してくださったんですよ。戦時下からそれまでの間に培った日本の科学技術の歴史について語っていただけました。偉大な方でした。

加藤さん 私も糸川先生を存じています。あの方は石油ショックの時、60歳ごろにバレエを始められたんですよ。何もエネルギーを使わなくも、こんなに楽しめるって。「老人のバレリーナはニーズが高い」ともおっしゃっていて。発想の自由な方でしたね。

夢を現実にする

松本さん 今まで想像して描いてきたものが、その通りに実現していくことがある。ブラウン管しかない時代に、未来の姿として液晶画面を描いていたんです。巨大なやつを。今は当たり前にありますね。液晶画面の設計者に対して、「何で、自分の描いたものとそっくりなんだ」と言ったら、「あなたの描いたものを見て作ったんだから当然です」って(笑い)。お互いにバトンタッチするみたいな。イメージが現実を作るんですね。

加藤さん 夢が現実を作り出しているんですね。

松本さん いえ、夢が夢を作るんです。液晶画面以外にも、都心部の様子を見て、「自分は未来を予想して描いていたんだ」と喜んでいたら、また、設計した人に「あなたが描いたから作ったんだ」と、言われましたね。お互いが、バトンタッチなんですね。お互いがお互いを支えているという感じでしょうか。人の夢は人の夢を支えるんです。お互いに、ですよ。だから、SFとはいうのは、うそではないんです。そして、言葉以上に「心に抱く未来」とか、「人生の夢」というのは大事なことなんだと思います。

加藤さん 心の中に浮かび上がるいろんなビジョン、イメージですね。描いておきたいと思って描かれるわけですよね。そういったことが大きなエネルギーになっていく。

松本さん そしたら、その後に夢やイメージを現実化する人が出てくる。おもしろいですね。

人生は保証書がなくていい

松本さん 私と加藤さんは、青春時代は同じ本郷で過ごしたわけです。青春時代というのは、一番大事な時期でもあり、楽しい時期でもありますね。

加藤さん 青春って、「人生、まだ決まっていることがない」ということですよね。未知のものの中に浮遊しているという感覚。

松本さん 「これからだ!」と。

加藤さん いわゆる、片道切符なんですよね。しかし、今の若い人たちは、保証書を持って、人生を歩もうとする。「どうしたらこの人生を保証してくれるんだ」と言わんばかりに。そういったものを世の親たちが子供に与えようとしているところがある。人生は、保証書がないところがいいのに。

松本さん 「人生は、なるようにしかならん」と思うわけです。私は「自由に生きる」と。「自分の信じるようにやる」と。我々二人とも、自由業でしょ。保証はない。なるようにしかならない。覚悟を決めてやるしかない。そして、全責任は自分にあるんです。

加藤さん 「次の一手が予定されていない」ということが、そもそも、「ものを創造する」ということなのではないですか? そういう意味で、私たちは、創造する自由人なのかもしれませんね。

生命体や自然環境の保全

加藤さん 東日本大震災の後、福島の原子力発電所の事故なども絡めて、宇宙戦艦ヤマトで語られる放射能除去装置について、「未来を予見をしていた」と、世間で話題になりましたね。

松本さん 宇宙戦艦ヤマトでは、地球の自然環境、人類の生存環境を今の状態で保ちたいということを描きたかった。単純明快に。正直言うと、作品のパターンとしては、ヤマトではなくて、ファンタジックな物語から始めたかったんです。自分の中には2つあるんです。ああいうヤマトタイプのものと、銀河鉄道999みたいなものと。その中で、自分が生きている。ようするに、生命体、自然環境の保全にこだわって描いている。だから、青い地球というものにこだわっている。今も。青い地球のままでいてほしい。

加藤さん 日本のように、一定程度湿り気のある土地の上には、常に四季や緑があり、循環した土が再生していきます。植物が土を再生していくんです。これに対し、砂漠は深刻な問題があります。砂漠の上に灌漑して農業をすると、水が砂漠地帯に洪水が起こります。その後、一気に土が蒸発して、塩分が地上に吹き出すそうです。そうやって、土が命の循環を行わなくなり、地球上のデッドスペースとなっていくんですね。環境問題は、もっともっと、生活の中で、日常の中で語られなくてはならないと思いますし、多くの人が教えられなくてはならない課題です。

 昨年、国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)の直前、開催地のフランスでテロが起きました。私たちはあの事件の背景を考えると、環境問題を語る上でも、テロを起こす人たちを生み出している地域がどのようになっているのかを考えるべきなのではないかと思うんです。砂漠地帯では、緑の土地がどんどんなくなり、農業が疲弊していっている現状があります。「村に緑が回復したら、そこは平和になる」と唱えて、乾燥地域において農業支援をしている組織グループがあります。そこまで考えて、環境について総合的に語るべきだと思います。

松本さん 私自身も「未来の地球は必ずこうなる」と思って、作品を描き続けています。地球の危機的状況を少しでも事前に防ぎたい。少しでも、生命体や自然環境が保全されている状態を長くしたいと考えています。
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