覚え書:「鈴木優人さん(作曲家・指揮者・鍵盤奏者)と読む『文体練習』 [文]藤崎昭子」、『朝日新聞』2016年03月20日(日)付。

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鈴木優人さん(作曲家・指揮者・鍵盤奏者)と読む『文体練習』
[文]藤崎昭子  [掲載]2016年03月20日

鈴木優人さん(作曲家・指揮者・鍵盤奏者) 81年オランダ生まれ。バッハ・コレギウム・ジャパンなどで活躍。6月開催の調布音楽祭エグゼクティブ・プロデューサー。=藤崎昭子撮影

■バッハに通じる言葉の遊戯

『文体練習』 [著]レーモン・クノー [訳]朝比奈弘治(朝日出版社・3670円)

 言葉遊びが好きで、こういう本に目がないんです。
 物語とも言えない短い出来事を、99通りものバリエーションで書き分けた本です。バスに乗ったら男を見かけ、広場でまた見かけた彼は連れからコートのボタンについて意見されている−−。こんな話を、重々しく書いたり女子高生口調で書いたり、英語もどき、戯曲調、なぞなぞ仕立て、果ては概念図まで。
 『地下鉄のザジ』の作者で、古今東西の文学に通じたクノーならではの作品。その創意に、翻訳者が短歌や漢文、関西弁まで駆使して挑んでいる。活字もところどころ赤くなったり、斜めによじれたり、視覚的にも楽しめます。
 著者はバッハの「フーガの技法」を聞いてこの本を構想したそうです。僕は両親ともに音楽家という家庭に生まれ、音楽をやる前にバッハを始めたような人間なので、なおさらひかれてしまう。
 活字中毒でどんなジャンルも読みます。音楽の先生からは「新聞を読むように楽譜を読めなければ、音楽家になれない」とも言われました。文字を素早く読む力は、何十段もあるスコアを瞬時に読み取る力にも通じます。
 読み終えては次の本へと進む小説と違って、これはいつでも戻っていける本。あるときふと言葉選びのルールが腑(ふ)に落ちたり、文化的背景を知って味わいが増したり、まだまだ探索し尽くせない。僕にとってのバッハに通じます。バッハも、一般的に禁じ手とされる和声を使っていたり、権力者に意外なほどゴマをすっていたり、発見が尽きない。彼もきっと楽しみながら作っていたと思います。
 クノーさんの「変奏」は、自分で作ったルールに縛られすぎず、ほどほどにめちゃくちゃ。そこがまたいいんです。言葉遊びの余裕を失ったら、世の中つらいですよね。高度なことを真剣に、でも遊び心は忘れずに。音楽家としても、これが理想です。
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 (構成・藤崎昭子)
    −−「鈴木優人さん(作曲家・指揮者・鍵盤奏者)と読む『文体練習』 [文]藤崎昭子」、『朝日新聞』2016年03月20日(日)付。

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