覚え書:「【書く人】日本の近代に潜む思惑 『建築と歴史』 建築評論家・飯島洋一さん(56)」、『東京新聞』2016年02月21日(日)付。

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【書く人】

日本の近代に潜む思惑 『建築と歴史』 建築評論家・飯島洋一さん(56) 

2016年2月21日


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 前著『「らしい」建築批判』は、新国立競技場の建築や今の建築家のあり様をめぐり、安藤忠雄伊東豊雄磯崎新(あらた)ら実名を挙げ批判を展開した問題提起の書だ。有名建築家のアート化した建築物は本当に必要か、加速する資本主義社会で建築の消費ブランド化を推進しているのは現代のベテランや若手の建築家たちではないか、斬新な建築より安全・予算・環境に鑑みた建築物をつくるのが建築家の使命では−などが主張の骨子だ。そのためにコルビュジエやモリスら近代の建築の歴史を再検証した。
 「建築家の専門的スキルは必要ですが、作家主義的に美意識を押しつけた作品より、より実をとった建築物を建てるアドバイザーに建築家は徹すべきです」
 新国立競技場の計画は後に白紙撤回になったが、建築界からは案の定バッシングがあった。本書では、その屈託をばねにさらに徹底し、時に建築の枠組みを越えながら、日本の近代とは何かを考えてゆく。
 契機となったのは、一年前に金沢21世紀美術館で催された「ジャパン・アーキテクツ 1945─2010」。パリ近代美術館の副館長F・ミゲルーの企画で、日本の近代建築の起源を大戦による焦土化や、伊勢神宮桂離宮に置いたことをどう捉えたらいいのかを、多くの文献を渉猟し引用しながら丹念に考証する。
 「黒船来航や戦後の安保体制、ジャポニスムポストモダンの流行など、欧米による日本への覇権的な政治・文化戦略の歴史がそこから見えてきた。西洋近代の力は実に強力で、その構造は政治や文化全般、さらに建築の隅々にまで浸透している」。伊勢神宮桂離宮を最初に評価したのも西洋人で、戦後の丹下健三らによる「伝統論争」を仕掛けたのもバウハウスの初代校長を務めたドイツの建築家グロピウスや米国の国務長官ダレスたちと言う。
 「西洋の眼差(まなざ)しで文化が成立する<オリエンタリズム>が建築にも貫徹し、日本の建築家もそれに乗っている。だから日本の近代に意味がないわけではない。そういう差異の政治学や資本主義の力を自覚して、その中で率直に議論し、未来への認識を組み立てたい。そうすれば修正を施すことも、権力の思惑への抗体を作ることもできる」
 長い後記には、新国立競技場問題をめぐる事後の顛末(てんまつ)と見解が記される。
 青土社・三六七二円。(大日方公男)
    −−「【書く人】日本の近代に潜む思惑 『建築と歴史』 建築評論家・飯島洋一さん(56)」、『東京新聞』2016年02月21日(日)付。

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