覚え書:「くらしの明日 私の社会保障論 弱さを認め包み込む=湯浅誠」、『毎日新聞』2016年03月09日(水)付。


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くらしの明日
私の社会保障論 弱さを認め包み込む=湯浅誠

毎日新聞2016年3月9日 東京朝刊


全員参加型社会を目指して

 2010年4月から始めた本コラムも、今回が最終回となる。振り返れば6年間、4週間おきに計75本、さまざまなテーマを取り上げてきた。

 東日本大震災の発災直後には、次のように書いた。

 −−すでに2週間を経過しつつある避難所生活では、生活課題が噴出しているだろう。それは声高に求められるものではない。ひっそりとしていて、それゆえに気づかれにくく、気づいたときには手遅れになりやすい。本当にしんどい人は「しんどい」とは言わない。周囲に遠慮し、何よりも重荷になることを恐れ、自分に食べる価値があるのか、飲む価値があるのかと自問している。

 その人の隣に、そのことに気づく「誰か」はいるだろうか。私たちの社会は、誰もがその「誰か」になれる社会を築いてきただろうか。十分に築いていないとしたら、これから築いていかなければならないのではないだろうか−−

 5年前の寄稿だが、状況も私自身の問題意識もまったく変わっていないことに驚く。

 誰もが誰かを支えられる人になる−−。自分なりに一貫して主張してきたのは「ソーシャル・インクルージョン(社会的包摂)」、つまり全員参加型社会の実現だった。

 6年前にはこうも書いている。「少子高齢化の中で、一人一人の能力・技能を開花させることでしか社会の持続可能性は生まれず、将来の展望も切り開けない、という全員参加型社会の発想」が必要だと。それは、紆余(うよ)曲折を経て、1億総活躍社会の実現というスローガンになった。背後にあったのは「貧困を放置することで、この社会は損をし続けている」という問題意識だった。

 若年非正規労働者を放置することで17兆−19兆円、3万人が自殺し続けることで年間2・7兆円、15歳の貧困状態の子に何もしなければ4兆円。オリンピック、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)、外国人観光客と「もうかる試算」が華々しく訴えられる一方で、私たちが直視するのを避けてきたことによる損失も、地道に推計され続けてきた。一生懸命に水をくみ入れたところで、たらいが穴だらけでは水はたまらない。

 だが、変化の兆しはある。他者を排除するのではなく包摂することこそが、お互いが力を発揮し、職場や地域が豊かになり、社会が発展するという考えが、経営の世界や地域活性化の文脈で広がりつつあることもまた、本コラムで取り上げてきた。私は、私たちが暮らすこの社会に強くなってもらいたい。それは空威張りではなく、弱さを認め、直視し、包み込める社会だ。今後も、その社会の実現に向けた活動を続けたい。

 最後に、読者の皆さんに感謝申し上げ、本コラムを終わる。

 ■ことば

ソーシャル・インクルージョン(社会的包摂)

 誰もが社会から孤立したり排除されたりせず、社会の構成員として能力を発揮でき、互いを支え合おうという考え方。1億総活躍国民会議で民間議員の菊池桃子氏が「1億総活躍」の代替名称として提案し、再び注目を集めた。
    −−「くらしの明日 私の社会保障論 弱さを認め包み込む=湯浅誠」、『毎日新聞』2016年03月09日(水)付。

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くらしの明日:私の社会保障論 弱さを認め包み込む=湯浅誠 - 毎日新聞


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