覚え書:「今週の本棚・大竹文雄・評 『マーケット進化論−経済が解き明かす日本の歴史』=横山和輝・著」、『毎日新聞』2016年03月13日(日)付。

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今週の本棚
大竹文雄・評 『マーケット進化論−経済が解き明かす日本の歴史』=横山和輝・著

毎日新聞2016年3月13日 東京朝刊

 (日本評論社・2052円)

市場発展の背後に教育レベルの向上

 楽市楽座、株仲間、明治維新といった言葉を知っていても、制度が作られた背景まで理解している人は少ないだろう。こうした制度が作られたのは、市場のメリットを活(い)かしデメリットを削減するための工夫なのだ。市場経済と言えば、自由な取引さえさせればいいと私たちは思いがちだが、それがうまく機能するためには、ルールや環境が必要だ。

 本書は「鎌倉・室町時代から昭和初期まで、市場の機能を活かす市場設計を通じて、日本は経済発展を実現した」ことを分かりやすく書いたものだ。著者の横山氏は、数量分析を駆使する経済史の若手研究者だ。

 私たちはどこにいても、生活に必要なものを、市場を通じた交換によって手に入れることができる。現在では、市場経済は当たり前だが、日本の社会は様々な工夫をして市場経済を発達させてきた。

 荘園制度の頃、市場経済の発達に寄与したのは、神社やお寺だという。神人(じにん)、寄人(よりうど)、供御人(くごにん)という商人は、それぞれ神社、寺院、天皇と結びついており、宗教的・伝統的権威を背後に様々な特権を得て、各地の定期市を往来していた上、定期市も寺社の境内や門前で宗教行事に合わせて行われていたという。「神仏に仕える者どうしが取引をすること自体に、裏切り行為を防ぐ側面」があったそうだ。

 戦国大名は、「支配が領国内に限られるなかで、領国外の商工業者を誘致しなくては領国支配を持続できなかった」というジレンマに直面した。そこで、領国内で伝統的権威を否定する経済特区を設定し、営業権を保証する楽市楽座という政策をとった。課税免除権・自由通行権とともに、不当に安く買おうとする押買(おしかい)や狼藉(ろうぜき)の禁止、債権保護の徹底といったルールが定められた。

 江戸時代は、江戸近辺と大坂近辺で流通する貨幣が異なっていたために、為替業務を担う両替商が活躍した。また、世襲制で固定化した地位・身分・業務・権限が、株という形で売買もしくは譲渡の対象となった。ビジネスを行う許可が株となり、その組織が株仲間だ。株仲間では、不正行為を犯した取引相手や労働者についての履歴の情報共有がなされて不正防止の仕組みができていたという。さらに、徳川政権においては、司法制度が整備され、情報伝達速度もあがり、米の先物取引が行われるなど市場がさらに発展する。

 ペリー来航から帝国議会開設までの約40年間の制度改革の期間である明治維新は、市場取引の環境整備期間だとも言える。1899年の商法制定で株主の権利保護が強化されることで、株式会社が普及する。明治期において発展した製糸業で、群馬県は品質管理と検査の徹底による評判形成で成功したが、福島県は商標確立に失敗したという。11円36銭かかっていた東京−大阪間の旅費は、鉄道開通で3円67銭に低下したことも市場経済の発達に寄与した。

 関東大震災後の復興過程も興味深い。競争的市場に直面していた電力会社は、市場機構を活用した価格設定で成長したという。しかし、日本は戦時統制から戦後改革で市場よりも計画重視の政策を取っていく。

 市場経済の発達の背後には、土地面積の計算と把握、国民の教育レベルの向上があったと、著者は指摘する。明治期の小学校教育では複利計算が教えられていたというのは驚きだ。

 本書を読めば、現代経済学の視点で日本の歴史を読み解くことの面白さを実感できる。日本史を学ぶ際の副読本としても優れている。
    −−「今週の本棚・大竹文雄・評 『マーケット進化論−経済が解き明かす日本の歴史』=横山和輝・著」、『毎日新聞』2016年03月13日(日)付。

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