覚え書:「今週の本棚 岩間陽子・評 『スノーデン・ショック −民主主義にひそむ監視の脅威』=デイヴィッド・ライアン著」、『毎日新聞』2016年04月24日(日)付。

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今週の本棚
岩間陽子・評 『スノーデン・ショック −民主主義にひそむ監視の脅威』=デイヴィッド・ライアン著

毎日新聞2016年4月24日 東京朝刊

 (岩波書店・2052円)

私たちの個人情報はどこへ行くのか
 本書の原題は、『スノーデン後の監視』である。2013年6月に起こったエドワード・スノーデン事件は、それまで多くの人々がぼんやりと感じていたことを、白日の下にさらして見せた。ただし、本書はスノーデン事件そのものではなく、この事件によって明らかになった「監視」の実態と、その政治的・倫理的影響を扱っている。著者は、カナダ・クィーンズ大学社会学教授、同大学監視研究センター所長である。1980年代から情報化社会の問題に注目し、監視を「一定の目的のために特定のものであるか全体のものであるかを問わず個人の詳細に対して体系的また日常的に注意を向けること」と定義する。

 冷戦中に生まれたインターネットは、始めから二義的な発明であった。一方で少数者の声を届けて、他者とつなげ得るという意味で開放的・民主的な可能性があると共に、監視と統制の大きな可能性をはらんでいた。2000年代に入り、9・11に始まる一連のテロ事件と、ソーシャルメディアの出現という二つの事柄が、監視の実態に大きな変化をもたらした。

 スノーデンの情報は、アメリカ国家安全保障局(NSA)が行う世界的監視活動を暴露した。著者ライアンが英国生まれでカナダに居住していることから、いわゆるファイブアイズ(情報協定を結んでいる米・英・加・豪・NZの5カ国)の議論が多いが、日本も例外ではない。議論はさらに、メタデータビッグデータに及ぶ。私たちがどこにいて、何に興味を持ち、誰とコミュニケートしているか。ソーシャルメディアの出現と携帯端末の普及によって、これらの情報は、私たち自身の行為により、蓄積されていく。

 多くの電話会社、インターネット会社は、個人データを治安機関と定期的かつ頻繁に共有している。データの扱いに関して、巨大企業と政府は親和性を持つ。そして、自分の個人情報をオンラインで共有することにより、我々が監視に参画さえしている。データは時に、一般市民をテロ容疑者に変えてしまう。

 ライアンは、このような状況を民主主義にとって危険なものと考える。「いまの子どもたちは、プライバシーという概念を全く持たずに育つでしょう。プライベートな瞬間、記録されず詮索されない考えを持つということが何を意味するかを、彼らは決して理解することはないでしょう」とのスノーデンの言葉を引用する。望ましい未来を再構築するために著者は、プライバシー保護の重要性を訴える。「人間が栄えるとは、現在に充足感を感じられることであると同時に、将来がもっと良くなるだろうという希望を持つことができる状態でもある」(評者訳)との言葉が、心に響いた。そのためには、これらの技術と個人の尊厳が共存しうる未来を、私たち自身が想像する能力を持たねばならない。

 著者の訴えは間違ってはいないが、西洋近代の規範空間に閉じてしまっている議論に違和感を覚えた。携帯端末は、法の支配とは無縁な、統治機構が融解している地域まで、同一仮想空間に取り込んでしまう。隣でコーヒーを飲んでいる人物が、遠い国のテロリストとつながっているかもしれない。そのような世界で、「監視」のあり方が変わらないほうが不思議だろう。考えるべきは、監視を許さないことではなく、監視から取締りの過程で当然より多くの「間違い」が発生することを認識し、それを是正・救済する手続きではないだろうか。(田島泰彦、大塚一美、新津久美子訳)
    −−「今週の本棚 岩間陽子・評 『スノーデン・ショック −民主主義にひそむ監視の脅威』=デイヴィッド・ライアン著」、『毎日新聞』2016年04月24日(日)付。

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デイヴィッド・ライアン
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