覚え書:「今こそアルミ・ラティア:マリメッコ創業、世界に展開」、『朝日新聞』2016年05月09日(月)付。

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今こそアルミ・ラティア:マリメッコ創業、世界に展開
2016年5月9日
アルミ・ラティア(C)Marimekko
超時代的なデザインにこだわり、ライフスタイル自体を作り出そうとした。
今から65年前、「日々の生活に彩りを」という思いを形にした女性がいた。アルミ・ラティア。フィンランド発の「マリメッコ」の創業者で、北欧の小さな国のファブリック会社を世界に知られるブランドに育てあげた。
アルミは、ブランドの代名詞ともいえる明るく大きな花柄の「ウニッコ」を発案したマイヤ・イソラなど、新鋭の女性デザイナーを積極的に登用。アルミ自身はブランドの宣伝や方向性を統括する司令塔として活躍した。息子でデザイナーのリストマッティ(74)は「母は直観に秀でていた。人の才能を見抜く『鼻』がきき、一度認めた人は全力で信じた」と振り返る。友人で、かつてマリメッコの役員もつとめた映画監督のヨールン・ドンネルさん(83)は「アルミは情に厚すぎて経営ミスをしたこともあったが、理知的でビジネスの手腕があった」。
布地にプリントされた図案をいかすため、マリメッコの洋服は最小限に裁断されていて動きやすい。綿など安価で手入れしやすい素材で作られており、女性の社会進出を後押しした。1960年代にはジャクリーン・ケネディが愛用して世界に広く知られ、日本でも70年代ごろから百貨店などで見かけるように。広島・ふくやま美術館の学芸員の平泉千枝さんは、明治生まれの亡き祖母がマリメッコの服を愛用した理由を他の洋服と比較しながら、「シンプルだからこそ自由な着方をえらべるマリメッコの服は、大歓迎だったのだろう」とマリメッコ展のカタログに寄せた。
今では寝具や食器、インテリアなど多方面で展開するマリメッコ。北国の暗く長い夜を明るく彩る力は、アルミの下で個性豊かなデザイナーたちからうまれた。一口にマリメッコといっても、自然のモチーフから直線や円などをいかした抽象的なデザイン、落書きのようなタッチまで様々。74年から32年間社員だったデザイナーの石本藤雄さん(75)は「マリメッコらしさではなく、オリジナリティーを出せればよかった」と振り返る。
情報と物があふれる現代、何が必要かを見極めることが逆に困難になっている。結局、長く使えて飽きないようにと、身の回りを無難な色やデザインでまとめる傾向も根強い。だが、年齢や性別すら問わないマリメッコのデザインを身の回りの一部にとりいれると、「こうあるべきだ」という固定観念から解放されて気持ちが前に向かう。人生を肯定するパワーにあふれていないだろうか。
「まるで自分のために作られたと思えるデザインにであえるのが魅力」と語る現クリエーティブディレクターのアンナ・ターネルさん。今年の春夏コレクションは、アルミや初期のデザイナーたちへのオマージュだ。コレクションを紹介する冊子には、78年のアルミの言葉が載っている。
「マリメッコは単なるはやりのファッションではない、わずかな例外はあるが。我々は時代を超えて長く受け継がれる製品を作る。それが時折流行することもある、今のように」(伊藤恵里奈)
<足あと> Armi Ratia 1912年フィンランド生まれ。工芸学校でテキスタイルのデザインを学ぶ。戦後、夫が経営するプリント会社に参加して、51年に「マリーのドレス」を意味する「マリメッコ」を設立。79年に死去するまで第一線で活躍した。
<もっと学ぶ> ドンネル監督が、アルミ・ラティアの波瀾(はらん)万丈の人生を映画にした「ファブリックの女王」が14日から全国で順次公開される。劇中、カラフルで大胆なプリントの衣装が数多く登場して目を引く。
<かく語りき> 覚えておくといい10のこと(1)人々(2)アイデア(3)自分の内なる指針(4)批判を恐れない(5)どんな重圧下でも妥協しない(6)機敏に人生のカードを切る(7)有言実行(8)注意深く計算して考えずに行動する(9)常に三つの選択肢を用意する(10)率直に話す(『phenomenon marimekko』から)
◆過去の作家や芸術家らを学び直す意味を考えます。次回は16日、数学者の岡潔の予定です。
−−「今こそアルミ・ラティア:マリメッコ創業、世界に展開」、『朝日新聞』2016年05月09日(月)付。
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http://www.asahi.com/articles/DA3S12346814.html

