覚え書:「求愛 [著]瀬戸内寂聴 [評者]原武史(放送大学教授・政治思想史)」、『朝日新聞』2016年06月19日(日)付。


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求愛 [著]瀬戸内寂聴
[評者]原武史(放送大学教授・政治思想史)  [掲載]2016年06月19日   [ジャンル]文芸 

 私が自ら女性になることはないし、90歳を超えて生き続けることもないと考えている。だから瀬戸内寂聴のように、90歳を超えても活躍し続ける女性というのは、自分から最も遠く離れたところにいるものと思い込んでいた。
 掌編小説を集めた本書を読み、その思い込みは半ば当たり、半ば外れた。若々しい文体とみずみずしい感性。迫りくる死の気配をはるかに上回る生の横溢(おういつ)——自分が描いていた90歳代の女性のイメージが音を立てて崩れてゆきながらも、やはり「遠さ」を感ぜずにはいられなかった。あまりにも遠すぎて、怖さすら覚えるほどだ。
 その怖さは、例えば「夜の電話」という小説に表れている。女学校時代の同級生が、出征してゆく先生との秘め事を、初めて著者とおぼしき旧友に打ち明ける。70年あまりを経てなお肉体に刻み込まれた記憶。戦争を記憶することの極北が、最後の数行に凝縮されている。
    −−「求愛 [著]瀬戸内寂聴 [評者]原武史(放送大学教授・政治思想史)」、『朝日新聞』2016年06月19日(日)付。

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長く肉体に刻み込まれた記憶|好書好日



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