覚え書:「「戦争の世紀」研究 現代史と国際政治の視点から/14 不戦条約 「違法化」原則を確立」、『毎日新聞』2016年05月26日(木)付。

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「戦争の世紀」研究
現代史と国際政治の視点から/14 不戦条約 「違法化」原則を確立

毎日新聞2016年5月26日 東京夕刊
 

フランス外務省「時計の間」で不戦条約(ブリアン=ケロッグ条約)に署名する各国全権代表=1928年8月27日
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地域的な集団安全保障の実現が契機 世界的承認を得た条約に
 第一次世界大戦の戦後処理の最大懸案は、西部戦線で対峙(たいじ)してきた仏独両国の処遇にあった。国際連盟の下で全般的な集団安全保障体制の構築が模索される一方、ベルサイユ条約は、焦点の独領ラインラント(ライン川両岸地域)の非武装化を規定していた。

 ドイツへの懲罰を主張する隣国フランスに対し、海を隔てた英国は、社会主義国ソ連への防波堤としてドイツに一定の役割を担わせようとしていた。ソ連と米国は国際連盟に参加しておらず、仏独の問題は欧州内での決着が望まれた。

 巨額の賠償金を課せられたドイツは債務不履行に陥り、フランスは報復措置として1923年1月、ベルギーを伴って石炭・鉄鋼の一大産出地ルール地方(ラインラントの一部)の占領を開始した。しかし、これによってフランスは国際的な批判にさらされる。一方、連盟は翌24年、武力に拠(よ)らない紛争解決規定「ジュネーブ議定書」を採択するが、英国の反対で廃案となった。<連盟に直結する一般的集団安全保障の構想は失敗して、これに代わって特定の地域に関する集団安全保障の設定の構想が浮上した>(斉藤孝『戦間期国際政治史』岩波全書)

 英国の仲介でドイツが提示したラインラントの安全保障条約案を巡り、25年10月、スイス・ロカルノで国際会議が開かれ、英仏独伊ベルギー5カ国による地域限定の相互保障条約が成立した。ポーランドチェコスロバキアを含む仲裁裁判条約など7協定が「ロカルノ条約」と総称された。

 独仏ベルギーの相互不可侵と不戦に加え、英伊による紛糾時の平和的処理の保障を規定したロカルノ条約は、ベルサイユ条約を補完するとともに、敗戦国ドイツの連盟加入を条件としていた。<翌二六年ドイツの国際連盟加入(と常任理事国入り)によってこの条約が発効すると、ここにドイツの報復の危険が除去されたかに見え、ヨーロッパの国際関係に一応の安定が到来した>(同)

 他方、英歴史学者のE・H・カーは著書『危機の二十年』(岩波文庫)で<ロカルノ条約の歴史は、権力政治の動きを単純かつ明快に例示している>と説いた。独西部国境の安全保障条約は当初、軍備撤廃後のドイツ側から提案され、フランスが拒否した。2年後、ルール占領で孤立したフランスはドイツの復興を警戒し始めた。ロカルノ条約が成立したのは<(仏独双方の恐れが)ほとんど等しく均衡した、まさにその心理的瞬間であった>(同)。同条約はまた、社会主義革命を唱道するソ連に対し、ドイツを資本主義側にとどめる側面も併せ持っていた。

 しかし、ロカルノ条約後の平和希求の流れは予想を超えて進展した。<このころ戦争違法化の試みも国際連盟によってなされつつあったが、戦争を違法とする観念を国際法上確立したものが不戦条約(ブリアン=ケロッグ条約)であった>(『戦間期国際政治史』)

 米国の第一次大戦参戦10周年にあたる27年4月、ブリアン仏外相は米国民にメッセージを送り、戦争放棄協定を提唱した。米言論界の好意的反応を受け、ブリアンは米仏間の条約を正式提案し、ケロッグ国務長官から多数国間条約に、との逆提案を受けた。翌28年8月、5大国を含む15カ国が不戦条約に調印した。

 「締約国は、国際紛争解決のため戦争に訴えることを非とし、かつその相互関係において国家の政策の手段としての戦争を放棄することを、その各自の人民の名において厳粛に宣言す。締約国は、相互間に起こることあるべき一切の紛争または紛議は、その性質または起因の如何(いかん)を問わず、平和的手段によるのほか、これの処理または解決を求めざることを約す」

 不戦条約は<(第二次大戦勃発前の)一九三八年末までに当時の独立国の約九割に当たる六十四ヵ国の参加を得た。(中略)戦争の違法性の原則を確定し、しかも、ほとんど全世界的な承認を得た点で(中略)画期的な意義を持って>いた(同)。

 成立のきっかけは、将来の対独劣勢を懸念するフランスが、国際連盟外の米国に助力を求めたことにあった。また、複数の大国が批准に際し「自衛権」に留保条件をつけた。米国は北米・南米でのモンロー主義的行動には適用されないと主張。英国は勢力圏への自衛権適用を宣言した。同調した日本は以後、法的な戦争を避けて「事変」を多用するようになる。【井上卓弥】=毎月1回掲載
    −−「「戦争の世紀」研究 現代史と国際政治の視点から/14 不戦条約 「違法化」原則を確立」、『毎日新聞』2016年05月26日(木)付。

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http://mainichi.jp/articles/20160526/dde/014/010/005000c





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