覚え書:「コンビニ人間 [著]村田沙耶香」、『朝日新聞』2016年08月07日(日)付。

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コンビニ人間 [著]村田沙耶香
[評者]斎藤美奈子(文芸評論家)  [掲載]2016年08月07日   [ジャンル]文芸 
 
■常識のあやしさ、「水槽」越しに

 24時間営業。年中無休。コンビニエンスストア現代日本に欠かせないインフラだ。でもね、本書の語り手・古倉恵子のコンビニ依存度は並みではない。なぜって彼女は、コンビニという環境の中でしか生きられない生物だから!
 子どもの頃から世間とずれており、家族の心配の種だった恵子は、同じ制服を身にまとい、接客マニュアルを体得し、コンビニ店員になった日に確信する。
 〈そのとき、私は、初めて、世界の部品になることができたのだった。(略)世界の正常な部品としての私が、この日、確かに誕生したのだった〉
 以来18年間、彼女は同じコンビニでアルバイトを続けてきた。36歳、独身、恋愛経験なしのまま。
 こういう人が周囲にいたらどうですか? 就職も結婚もしないで大丈夫? とか思いません?
 そこです、そこ。小説はそんな世間の「常識」を逆手にとり、コンビニ人間という生物の目から見た、世間の人々のあやしさをこれでもかと描き出す。水槽の中の魚が人類の生態を観察するような視点で。
 村田沙耶香の持ち味は女性のセクシュアリティーがからんだ一種独特のヒリヒリ感だった。最近の『殺人出産』『消滅世界』は生殖をモチーフにした、SF的なディストピア小説だ。それが『コンビニ人間』で一気に芸域を広げた感あり。村田沙耶香的ヒリヒリ感がここでは武器として機能し、「あーら、おかしいのはそっちじゃないの?」と訴えかけてくる。
 物語には恵子よりもっと問題児の「白羽さん」なる男性が登場。〈この店ってほんと底辺のやつらばっかですよね〉ってな悪態をつきまくる。
 ある労働に特化することで可能になった、新種のプロレタリア文学。恵子が暮らすのは労働疎外の先にある世界である。読者はときに哄笑(こうしょう)し、ときに冷や汗をかきながら、景色が反転する感覚を味わうだろう。
    ◇
 むらた・さやか 79年生まれ。2013年『しろいろの街の、その骨の体温の』で三島由紀夫賞。本作で芥川賞
    −−「コンビニ人間 [著]村田沙耶香」、『朝日新聞』2016年08月07日(日)付。

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