覚え書:「日本のゆくえ・識者に問う 2016参院選/1 憲法 政権に三つの欺き ノンフィクション作家・菅野完さん」、『毎日新聞』2016年06月05日(日)付。

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日本のゆくえ・識者に問う
2016参院選/1 憲法 政権に三つの欺き ノンフィクション作家・菅野完さん

毎日新聞2016年6月5日 東京朝刊
 
=北山夏帆撮影
 参院選では憲法に関して「三つの欺き」がある。

 安倍晋三首相は憲法改正を目指しているが、選挙では経済政策「アベノミクス」や消費増税延期が与党の主張の前面に出て、憲法はかすんでしまうだろう。これが一つ目の欺きだ。

 二つ目は、選挙で憲法が争点にならなかったとしても、改憲勢力参院で3分の2以上の議席を占めれば、首相が「民意を得た」と改憲に向けて動き出すだろうということ。これは2014年衆院選自民党公約に小さく書き込んだだけの「安全保障法制の速やかな整備」に、翌年から積極的に取り組んだのと同じだ。

 三つ目は、改憲の狙いが護憲派が想定する9条ではないということ。今後、災害時などに首相の権限を強化する「緊急事態条項」の創設や、伝統的家族観をうたう「家族条項」などがクローズアップされてくるはずだ。有権者やメディアはこうした欺きを指摘しなければならない。安倍政権は憲法の何を変えようとしているのか。選挙の前に手の内を明かせと言う必要がある。

日本会議」動く
 緊急事態条項や家族条項が出てくると私が考える根拠は、「日本会議」の動向にある。

 日本会議宗教右派や有力保守団体を糾合する形で1997年に設立された。会員数は約3万8000人とさほど大きくないが、国会議員懇談会には超党派の約300人の議員が所属し、地方議員連盟には約1800人が参加している。保守勢力の思想的支柱として影響力は大きい。日本会議が数年前から強調し始めたのが、二つの条項だ。

 「今の憲法連合国軍総司令部(GHQ)に押しつけられたもので、日本の国柄が反映されていない。だから憲法を変えなければいけない」というのが日本会議の主張の柱だ。これは首相や自民党憲法観にも通じる。

 日本会議のコアメンバーは70年安保の時代に右派の学生運動をしていた人たちだ。左派の運動が、「政治の季節」が終わった70年代以降、下火になっていったのに対し、彼らは署名やデモ、地方議会への請願といった民主的な手法を駆使して、草の根の運動を続けてきた。中には政権の要職に就いたり、社会的発言力のある学者になったりした人もいる。政治的無関心が広がり、無党派層が増えていく中で浮上してきた日本会議が、集票力や資金があるわけでもないのに一定の影響力を持ち得たのは、「地道な市民運動」の成果といえる。

 ただ、仮に改憲勢力参院で「3分の2」を得たとしても、改憲案が国民投票で否決されたら、また時計の針が巻き戻されるという恐怖感も彼らにはある。

 護憲派には、改憲に向かう今の流れを不安視する人がいるかもしれない。もし改憲を阻止したいと思うのなら、改憲派に負けない規模で市民運動を展開するしかない。「選挙に行っても何も変わらない」というシニシズム冷笑主義)に陥ってはいけない。地道な運動が社会を変えうることは日本会議が証明している。重要なのは情熱だ。

記者ひとこと
 日本会議はメディアで特集記事が組まれるなど大きな注目を集めている。最近は「安倍政権の黒幕」という評価まである。菅野さんは丹念な調査でその実像に迫った。

 日本会議は今、憲法改正国民投票を見据えた「1000万人署名活動」を主導している。仮に国会が改憲案を発議しても、国民投票過半数の賛成を得なければならないため、首相は慎重に手続きを踏む考えを繰り返し表明してきた。参院選の結果は予断を許さないが、世論の醸成に日本会議が果たしている役割は小さくない。【聞き手・川崎桂吾】=つづく

 ■人物略歴

すがの・たもつ
 1974年生まれ。サラリーマンのかたわら執筆活動を開始。膨大な資料を基に今年4月、「日本会議の研究」(扶桑社)を出版した。
    −−「日本のゆくえ・識者に問う 2016参院選/1 憲法 政権に三つの欺き ノンフィクション作家・菅野完さん」、『毎日新聞』2016年06月05日(日)付。

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