覚え書:「インタビュー:セルロイドの天井 映画監督・女優、ジョディ・フォスターさん」、『朝日新聞』2016年06月09日(木)付。

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インタビュー:セルロイドの天井 映画監督・女優、ジョディ・フォスターさん
2016年6月9日 
「私も年をとっていきます。60代、70代になって、どんな役を演じられるのか楽しみです」=郭允撮影
 
 ハリウッドにも「ガラスの天井」がある――。女優として監督として半世紀にわたって一線に立ち続けるジョディ・フォスターさんはそう感じている。女性たちが監督として、男性と同じように活躍できる時代は来るのか。監督作「マネーモンスター」の公開を前に来日した彼女に、映画界の現状と未来への展望を聞いた。

 ――今度の作品は4本目の監督作ですが、長いキャリアのわりに本数が少ないようですね。

 「そうですね。初めて監督をしたのが27歳の時でした。約25年間でたった4作ですからね。2作目を撮った後、子どもが生まれたんです。それで3作目までにずいぶん時間がかかりました。2人の息子を育てながら、女優の仕事もして、さらに映画制作会社も経営していました。だから、監督業に集中できなかったんです」

 ――子育て中は仕事を控えていたのですか。

 「ええ。子どもと一緒にいたかったから、仕事を極力セーブしました。仕事は確かに面白いけれど、私にとっては全てではないんです。3歳で芸能界に入ったのですが、幼い頃に撮影現場で見た男性たちは長時間労働で、子どもの成長を見守れない人が多かった。悲しいことですよね。改善されたとはいえ、今も仕事と家庭の両立が難しい業界ですので、働く人たちへの支援が必要です」

 ――育児で休んでいる間に、自分の築いてきたポジションに別の人間が座っている。こういう心配はしなかったのですか。

 「全然ありませんでした。仕事を奪われる心配より家族との生活を失う方が怖かったです。そのうえ、私は年1作ペースで作品を量産するようなタイプの監督ではありません。すぐに忘れられる映画を5本撮るなら、特別な1本を撮りたいのです。今回の『マネーモンスター』も女性の人物像を深めることにたっぷり時間をかけました。ジュリア・ロバーツが演じる財テク番組のディレクターたちです。生放送中に起きた事件の解決に挑みます。強い女性を登場させるのが好きなのです。男性は壊れやすい生き物だから、助けてあげないとね」

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 ――ハリウッドには女性のスタッフはたくさんいるのですか。

 「私の子役時代は、撮影現場に女性がほとんどいませんでした。メイクアップ・アーティストと監督の補佐をする記録係ぐらいです。記録係というのは本当にしっかりした人しか務まらないんです。なぜか、これだけは昔から女性が担っていたんですよ。当時に比べると、今は多くの女性が働いています。ただし、一つだけ女性の数が全く増えていない職種があります。それが監督なのです」

 ――女性の昇進を阻む見えない障壁「ガラスの天井」という表現が、映画界ではフィルムの材質にひっかけて「セルロイドの天井」と言われるそうですね。

 「私は50本以上の映画に出演していますが、女性監督の作品はたったの1本だけです。欧州には以前から著名な女性監督がいました。米国でも、低予算の作品やドキュメンタリー、テレビドラマでは女性の監督が結構活躍しています。ところが、ハリウッドの大手映画会社が手がける、いわゆるメジャー映画が女性の監督に任されることはほとんどありません」

 ――確かに、映画界についてのサンディエゴ州立大の調査では、昨年公開の興行収入上位250作の米映画のうち、女性監督の作品は9%、17年前と変わりありませんでした。なぜでしょうか。

 「女性監督は、リスク要因だと考えられているからです。映画が娯楽の王様だったころ、人々は映画館に頻繁に足を運び、いろんなタイプの映画を観賞していました。いま、映画館に足を運ぶ人たちは減り、見に来る人々はストーリーでなく、刺激や非日常を求めています。だから『スパイダーマン』『アベンジャーズ』といったヒーロー映画のシリーズ作品しか生まれないのです。こうした特撮や特殊効果を駆使した超大作は、必然的に巨額の制作費がかかります。映画会社の幹部たちは、数億ドル(数百億円)も投資するビジネスの命運を女性に託したくはないのです」

 ――映画界はいまだに男性中心の社会ということでしょうか。

 「心理学で、人間は自分と同じ境遇で育った同じような外見の人に親近感を抱くといわれるように、映画会社の男性重役たちは男性の監督だと安心するのでしょう。ただ、事態はもう少し複雑です。5年ほど前、複数の米大手映画会社のトップに女性が就きました。ですが、状況はむしろ悪化しています。大作ばかりが作られる状況では、女性のトップも男性同様に女性監督をリスクとしか見ず、女性に道を切り開くまでに至っていないと思います」

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 ――監督として撮影現場ではどう振る舞っているのですか。

 「監督は映画作りの全責任を背負うので、明確に直接指示を出します。男性たちが期待する伝統的な女性像とは異なる振る舞いをするので、彼らがどう反応していいのか困惑している様子をみてきました。男性たちに悪意はないです。ただ女性が監督のような仕事でリーダーシップを発揮することに慣れていないのでしょう」

 ――女性登用の割合を定めたクオータ制(割当制度)を映画界でも導入する動きが欧州などで始まっていますね。スウェーデンでは、映画制作の助成金の半分を女性監督の作品に与える制度を採り入れました。

 「とても興味深い実験ですね。でも、文化や芸能の世界で、この仕組みがうまく機能するかどうかは未知数だと思います。映画は一作一作が全く異なる芸術品なのですから。制度があってもなくても、私たち女性監督はどんな環境でも作品をつくり続けるしかありません。すでに、女性監督が増えた低予算の作品では、素晴らしい若い才能が生まれています」

 ――近年、人気女優たちが出演料の男女格差に異議を唱えて話題になっていますね。

 「我々がいるアーティスト市場がギャラを決めているのですから、変えるには経済市場の原理を変える必要があると思います。それ以前に、何百万ドルというギャラをもらっているハリウッドの人たちによる、誰がだれより多くもらっているかという論争には関心が持てません。賃金の不平等について訴えるのならば、国内での階層間の不平等とか、発展途上国と先進国の賃金格差などの問題に目を向けるべきではないでしょうか」

 ――アカデミー賞で、黒人俳優が2年連続でノミネートさえされなかったことも批判されました。

 「確かにそうですね。でも、黒人俳優や黒人を描いた作品はこれまで受賞しています。ここ2年は偶然だったと考えています」

 ――ヒラリー・クリントン氏が女性初の大統領になる可能性がありますね。何か、変わりますか。

 「女性の大統領候補が出ること自体はいいことでしょう。ただ、オバマ氏がアフリカ系のアメリカ人として初めて大統領に選ばれた時は、我々は大きな一歩を踏み出したと感じました。ですが、今回はなぜか『女性初』には注目が集まっていないようにみえます」

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 ――2014年の興行収入上位100本の米映画で女性主演は21本だけだった、との調査があります。70年代後半には、女性自立を描いた映画が多くありました。

 「映画という芸術がどうあるべきかは、常に議論の的です。当時はフェミニズム運動が盛んだったので、女性の映画がトレンドだったのではないでしょうか。時代の空気が後押ししてくれたのです。いま同じ映画を作っても、きっと古くさいと言われてしまいます。ただ、低予算の映画やテレビドラマには、既に性や人種のダイバーシティー(多様性)について考えさせる素晴らしい作品がたくさん生まれています。ハリウッドのメジャー映画が変わるとしたら、それは恐らく一番最後でしょう」

 ――ハリウッド以外から優秀な女性監督が出てきそうですね。

 「スマートフォンで手軽に動画が撮れるようになり、インターネット上には様々な映像があふれています。技術の進歩は映像業界の風通しを良くしてくれつつあります。10年前の私が当時の機材で撮るよりも、今のあなたの方がいい作品を撮れるかも知れません。私自身、映画にはこだわっていません。アーティストとして作品を作り続ける方が大事です。スマートフォンで映像作品をつくることも全然いとわないですよ」

 ――すでに大手動画配信会社がつくるドラマを監督するなど、映画以外に活動を広げていますね。

 「新しいメディアはハリウッドに比べて低予算なので、自由があります。女性の才能を信じて任せてくれるのです。一方でハリウッドはCGを駆使したヒーローものばかり。あと10年もしたら、ハリウッドから人間ドラマが消えるのではないでしょうか。あまり議論になっていませんが、女性監督の登用や賃金格差よりもこちらの方が深刻な問題かもしれません」

 (聞き手・伊藤恵里奈、石飛徳樹)

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 1962年生まれ。「告発の行方」と「羊たちの沈黙」でアカデミー主演女優賞を受賞。監督作「マネーモンスター」が10日に公開される。

 〈+d〉デジタル版に動画
    −−「インタビュー:セルロイドの天井 映画監督・女優、ジョディ・フォスターさん」、『朝日新聞』2016年06月09日(木)付。

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