覚え書:「座談会 10・20・30代の参院選 安田洋祐さん、佐藤信さん、那須野純花さん」、『朝日新聞』2016年07月12日(火)付。

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座談会 10・20・30代の参院選 安田洋祐さん、佐藤信さん、那須野純花さん
2016年7月12日

今回の参議院選挙について話す那須野純花さん(右端)、安田洋祐さん(右から2人目)、佐藤信さん(左端)=いずれも西田裕樹撮影

 参院選の結果、いわゆる「改憲勢力」が非改選議員を含めた参院全体の「3分の2」を占めた。18歳の若者はどんな思いで一票を投じたのか。低投票率が続くなかで、市民と政治の関係をどう変えていったらよいのか。10代、20代、30代が語り合った。(司会は山口進・オピニオン編集長)

 

 ◇大阪大学准教授・安田洋祐さん(36)

 ◇東京大学先端科学技術研究センター助教佐藤信さん(28)

 ◇大妻女子大学1年・那須野純花さん(18)

 

 ■<結果どう見る> 18歳選挙権、意識は高めた 佐藤さん/「3分の2」、知らぬ子多い 那須野さん

 ――那須野さん、初めての投票はどう臨みましたか。

 那須野 私は川崎市で街おこしをしています。高校のころからボランティアで町中の掃除をしたり地元の野菜を売ったり。議員さんも普段着で来て一緒に掃除しています。その中で地域のことを考えるようになりました。

 初めて投票に行く身になって気付いたのは、誰が出ているかも知らないことでした。町中にある掲示板の選挙ポスターをスマホで撮ってみたけれど、顔と名前と党しか分からない。逆に好奇心がわいて、全員について調べました。もし選挙権がなければ、ぶっちゃけ、どの党が何をしているのか、関心を持てなかった。調べているうちに各党のこともわかったし、候補者が何をしてきたかもわかった。実現が難しそうなことをいう人は保留だなと思って。お願いしますという気持ちをこめて一票を入れることができました。

 ――周りの、同じ世代の人たちはどうですか。

 那須野 とりあえず投票に行ってみようという子は多いんじゃないかな。雰囲気で決めた子とか、親がどこどこがいいと言ったからという子もいた。「選挙に行く」と言ったら「あれ、そういう家系だっけ」と言われたこともありました。事前にクラスで聞いたときには22人中選挙に行くと言った人は9人だけでした。「絶対行かない」っていう子もいました。「選挙の夜はテレビがみな選挙特番一色で、ドラマを見られない」って怒っていて、そのせいで選挙そのものに悪いイメージを持っていました。

 ――18歳選挙権はどのくらいのインパクトがあったと見ますか。

 佐藤 結果からみると、予想どおりほぼなかったといえるでしょう。政治意識を高めたことは、あったかもしれない。

 安田 一方で、大人の世界も政治の話題を極度に避け、嫌っている。社交でも話さない。学校で特定の政党のことを話させないのはわかるんですけど、大人が「選挙に行きなさい」と言いつつも、若者が非常に関心を持ちにくい環境で持たせようと無理なことを要求しています。

 ――今回の選挙戦で、与党は改憲についてほとんど語ろうとしませんでした。一方の野党は、改憲勢力が、国会で憲法改正の発議が出来る「3分の2」を得ることを阻止すべきだと訴えました。

 佐藤 「3分の2」という数字が人びとの間にどの程度浸透しているのか、非常に疑問です。ちゃんと争点になったのか。そもそも民進党の中にも相当数の改憲派がいるし、公明党よりも自民党に近いイデオロギーの人もいる。その現状で3分の2という線を引いて危機感をあおる形になったのは、はたして正しい争点提示だったのでしょうか。

 安田 テレビは選挙前、3分の2についてほとんど何も言っていなかった。それが投開票日の翌朝、新聞やテレビで一斉に出てきて、多くの有権者は驚いていると思う。えっ、自分が投じた一票は、これにつながっているのか、そうなら事前に教えてくれよ、と。

 佐藤 「3分の2」が事前に話題になっていないという感覚ですか?

 安田 テレビで情報を得る人と、ネットで得る人は分断されていると言われますが、自分がテレビに出るようになって、たしかに前者には全然伝わっていないと感じました。那須野さんの周囲の人たちは「3分の2」って分かっていましたか?

 那須野 友だちにも聞いたんですよ。3分の2って何のことか分かる?って。知らない子が多い。選挙に関心をもってないのに、いきなり3分の2っていわれても、何をいっとるんじゃい、みたいな感じですね。

 ――若い人たちは何を情報源にしているのでしょう。

 那須野 ふだんはSNSが多いですけど、初めての選挙だったし、何を見ていいかがわからない。私はテレビをつけ、パソコンを開き、自分の携帯でSNSみたいな。三つを同時に見てる感じでやってました。ただ、SNSを内輪の友達の間だけのおしゃべりに使うだけで、ニュースは全く見ないという人も多いです。

 安田 米欧の同じ世代の人たちは、SNSを通じて外とつながっていて、それが選挙や政治的な運動につながることもあるけれど、日本の若者のSNSは確かに内向きに閉じた感じが強いかもしれないですね。

 

 ■<憲法と経済> アベノミクス、うまい戦略 安田さん/経済争点にすること疑問 佐藤さん

 ――改憲勢力が「3分の2」を占めたなかで、衆参両院はどう動いていくと思いますか。

 佐藤 憲法に関していえば、憲法審査会を動かすんですが、衆参で3分の2を確保している時間は次の選挙までに限られ、その間に発議に持ち込めるかどうかは分かりません。自民党としても、どこかのタイミングでどの程度の譲歩で乗り切れるかという民意をもう1回見るんじゃないかという気がします。

 国民の側としては憲法を変えるにせよ変えないにせよ、憲法審査会は公開なので、議論がちゃんと見え、関心が高まる。国民としてもしっかり見ることが重要です。

 ――アベノミクスについてはどうでしょう。

 安田 これは若い那須野さんにお聞きしたいのですが、アベノミクスはうまく行ってると感じますか?

 那須野 私の周りでは「アベノミクスっておいしいのかな?」って言っている人も多いです。

 安田 「おいしいの?」という反応は実は重要。中身は知らなくても、言葉は知っているということです。いい悪いはさておき、議論の中心がアベノミクスになるうまいネーミング戦略だったと思います。一方で地方の1人区で、例えば東北5県で自民党が負けました。経済のグローバリゼーションが進んでいて、格差が広がっていることに対する、「ノー」のメッセージが一部から出てきたのではないでしょうか。大部分の人たちにとって自民党はそれなりに支持できる。だけど深刻な経済問題に直面している人たちからすると、相当程度のノーだったのでしょう。

 自民党アベノミクスで経済を支え、そのあとで憲法改正をやる方向。でも、おおさか維新は発想が逆。大胆な構造改革をやるために憲法改正が必要だと。それが一定程度の支持を集めたことで、改憲に向けた動きが複雑になっていく可能性があります。従来の改憲議論に新たな要素が加わってきて改憲派が大きい勢力になるかもしれません。

 佐藤 私はそもそも、経済を今回の選挙の争点とすることは正しいか、すごく疑問がありました。というのは憲法が大事だからという話ではなく、経済学者の中でも意見が分かれる政策の方向性について素人である有権者の判断を求めるのはどうなのかなという感じがします。

 安田 大局的な経済政策を専門家でない有権者が判断できるか。そこは判断しなくてもいいと思う。むしろローカルなレベルでうまくいっていると感じるか、そこから現政権に対してイエスというのかノーというのか、それを日本中から集めれば平均的な評価が得られます。

 アベノミクスにノーを突きつけて安倍さんがやってきたことは間違っていると言っても、既にやってしまったことは変えようがない。今後自民党政権が続いても、政権が交代したとしても、これは取り組まなくてはいけません。非常に大きな将来の課題の一つとして、アベノミクスでつくってしまった財政問題にどのように対処していくか、それこそオールジャパンで考えていかなくてはいけないことです。

 ――今回は、安保法制をめぐり路上で大きなデモがあったあとで初めての参院選でした。

 那須野 最近の若者のデモに共感できるかどうかと言われたら、やり方が、ちょっと違うなと思います。でも若者の動きというのは、なかなかこれまでなかったから、どんどん活発になっていってほしいなとは思う。選挙に影響したかどうかは何ともいえない。いま選挙報道でも「いろいろやってきました感」満載の若者が取り上げられていますが、自分とは違うフィールドに生きている人たち、と思ってしまって、やや親近感が持てないでいます。

 

 ■<市民と政治> ゆるく政治語れる環境を 那須野さん/選挙制度自体を変えては 安田さん

 ――今回の参院選で見えてきた課題は何でしょう。

 佐藤 政治家の言葉の信頼性が下がっているのが気になります。国会の答弁を見ていても二転三転している。マニフェストも、多くの党が言いっぱなしに近い。言葉の一貫性がないことへの問題意識が欠如しています。まず政党の側が動かないといけないと思います。

 安田 私は、議員のほうに、議会で何を発言したといったことを積極的に有権者に伝えるインセンティブ(動機づけ)があまりないんだと思います。それよりも、地元で一人でも多くの人と握手したほうがいまの選挙制度上は当選しやすく合理的なんです。状況を劇的に変えるには、思い切って選挙制度自体の変更を考えてはどうでしょうか。たとえば世代別選挙制度という提案があります。10代から30代までが青年区、40代、50代が中年区、60代以降が老年区と、年齢別に選挙区を切る。そのとき有権者の数に応じて議席を割り振るんです。実現可能性はさておき、こういったアイデア若い人たちからどんどん提案していくと、政治の質は高まっていくんじゃないかという気はします。

 佐藤 ただ現実には今回のように合区にするだけで政治家からは非難が殺到します。政党が制度改革を公約にし、民意の信任を受けないと実現はなかなか難しいところがある。

 那須野 実現できたらすごくいい案だと思います。一方で日本の若者はそもそも選挙に興味を持っていません。米国や英国でも若者の投票率は低いですけど、政治には積極的に関わっている。将来への危機感があるからだと思うんです。でも、日本だと、私たちの生活と政治には距離がある。その距離をいかに短くするか。政治は自分のことなんだという実感が必要だとすごく思います。

 ――投票の際、自分が望む政策の選択肢がないという声も聞きます。

 那須野 私は「小さな政府」推進派なんですけど、今回はそういう政党はないに等しかったんですよね。

 佐藤 今の選挙制度は、2大政党が現実性が高い政策パッケージを用意して、そこから選ぼうという制度です。自分の好みの政策だけ選びたいという投票行動とは合わないのですが、統治の効率はよいという利点はあり、甲乙はつけにくいですね。

 安田 間接民主制では、選挙で大勝しても、その政党がやりたい政策すべてが有権者から認められたわけではありません。今回の選挙でも、アベノミクスは支持して自民党に投票したけれど、安保法制は支持しないといったことが普通にある。それを前提に、選挙の結果を受けとめるべきです。政党の議席数で白黒がついても、その上で個々の政策について議論することが必要です。

 ――政治と市民の距離を近づけるには、どうしたらよいでしょう。

 那須野 政治について話すことをタブーと思うのを変えたいんです。街の掃除のボランティアをしていると、市議会の議員さんなんかと、一緒に掃除しながら気軽に地域の話をするんですけど、そういう場所がもっとあれば、政治へのハードルが低くなるんじゃないかと。ゆるく政治の話ができる環境を、市単位、県単位、国単位に広げていければいいなと、すごく思います。

 安田 コミュニティーをどうするか自体が重要な政策課題の一つですよね。那須野さんがやっているようにいろいろな活動で地元の人たちを引き込み、地域の課題を解決する。その成功体験をほかの自治体にも広げていくというのは良いですね。

 佐藤 たしかに政治というと、正しい関わり方として投票に行きましょう、という固定観念が強い。NPO活動など地域を変えていくには様々なチャンネルがある。投票率が伸びなかったということばかりにとらわれずに、それぞれの立場からアプローチするということは、若い世代から中高年が学ぶことでもあると思います。

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 やすだようすけ 80年生まれ。経済学者。専門はゲーム理論政策研究大学院大学助教授を経て現職。共著に「身近な疑問が解ける経済学」「日本の難題をかたづけよう」など。フジテレビ「とくダネ!」のコメンテーターも務める。

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 さとうしん 88年生まれ。政治学者。専門は日本政治外交史。2015年から現職。著書に「鈴木茂三郎」「60年代のリアル」。共編著に「政権交代を超えて―政治改革の20年」。

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 なすのあやか 97年生まれ。高校時代から地元・川崎市の街おこしに取り組み、地域の掃除ボランティア、川崎野菜の普及、フェアトレードなど四つの組織でチームリーダーや学生スタッフをしている。
    −−「座談会 10・20・30代の参院選 安田洋祐さん、佐藤信さん、那須野純花さん」、『朝日新聞』2016年07月12日(火)付。

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