覚え書:「文化の扉 ローマ法王の挑戦 大戦の反省、開かれた教会に」、『朝日新聞』2016年07月17日(日)付。

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文化の扉 ローマ法王の挑戦 大戦の反省、開かれた教会に
2016年7月17日

ローマ法王の挑戦<グラフィック・宗田真悠>
 
 地域紛争や経済格差……。問題だらけの時代だ。バングラデシュで起きたテロ事件では、カトリック教会のフランシスコ法王が犠牲者に祈りを捧げた。祈るだけではなく、平和外交もする法王とは、そもそも何者か。

 宗教とは、この世の理屈を超えた「物語」を信じる営みだ。

 ローマ法王をめぐる物語は2千年前にさかのぼる。初代法王とされるのは、イエスの12人の弟子のなかで指導的な役割を果たしたペトロ。新約聖書には、イエスが「わたしはあなたに天の国の鍵を授ける」と告げる場面がある。最高の権威を直々に与えられたのだ。この鍵は、いまのバチカンの旗にも描かれている。

 歴代法王はペトロの後継者であり、世界の枢機卿が集まる「コンクラーベ」での投票で選ばれる。

 20世紀前半、2度の世界大戦が起きた。第1次世界大戦中に当時の法王ベネディクト15世は、敵国同士が戦争をやめるよう仲介したが、どの国も耳を貸さなかった。第2次世界大戦時の法王ピオ12世は、ナチスによるユダヤ人虐殺に沈黙した。

 そうしたことへの反省は戦後、カトリック教会の大きな転機につながる。いわば「閉じた教会」から現代の諸問題に向き合う「開かれた教会」への変化が迫られたのだ。法王は聖なる領域にとどまらず、世俗の問題に積極的に関わることになる。

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 宗教を弾圧しかねない共産主義を敵視する法王もいた。しかしヨハネ23世(在位1958〜63年)は共産国との対話を進める。誕生日には、ソ連フルシチョフ首相から祝電が送られるほどの関係を結んだ。62年からは全世界の司教らを集めて「第2バチカン公会議」を開いた。冷戦下での開催で、共産圏にある正教会との和解を探った。プロテスタントユダヤ教などとの和解も目指した。

 面白いことに、この公会議以降は法王が飛行機に乗るようになった。それまでは法王がローマを空けると不穏なことが起きると考えられ、イタリアの他都市に行くのもためらわれたという。のちのヨハネ・パウロ2世(在位1978〜2005年)が「空飛ぶ聖座」と呼ばれる法王外交ができたのも、公会議によって「現代化」の流れができたおかげと言える。

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 いまの法王フランシスコはアルゼンチン出身。13歳の時、会計士だった父親に「学校が休みの間は働いては?」と提案された。少年時代に工場の清掃や事務をした経験のある法王は珍しいだろう。高位聖職者となっても地下鉄やバスを使い、スラム街の人々の権利のために体を張った。法王となってからは米国と社会主義国キューバの国交回復の仲介役となる。

 教会内には保守的な「抵抗勢力」もあるようだ。名古屋市立大学の松本佐保教授(国際政治史)はこう見る。「現法王は地球温暖化の問題でも科学的根拠に基づいて発言する。一方で、まだまだ現代的・民主的とは言いにくい教会組織の改革も、同時並行で行おうとしている。改革を急がないと、教会が社会から見放されるという強い危機感があるのだろう」

 (磯村健太郎

 ■行動指針示し、痛みに共感 国際経済学者・浜矩子さん

 法王は、時代状況がもたらす問題をどう位置づけ、どう行動すべきかの指針を出してくれる人。カトリック信者の私はそう見ています。

 いまのフランシスコ法王は貧困や格差の問題に強い関心を持っています。信者ではない人々に対しても、世界が抱える問題は何かを示唆する役割を負っている。

 現法王が伝えようとしていることの本質は人の痛みがわかる「共感性」(compassion)だと思います。憐(あわ)れむというニュアンスも強い。多様な人々が国境を越えて出会うグローバル化の時代に、ことのほか必要ですね。

 「イスラム国」(IS)の人々にも痛みがあるはず――。そう言うのもためらわれるほどの惨事が起きています。それでも共感性が大切だ、と法王は伝えたいのでは? 問題解決に効果があるかどうかとは別の原則論で、方向性を示すことに意味があるのです。

 ◆「文化の扉」は毎週日曜日に掲載します。次回は「人間工学」の予定です。ご意見、ご要望はbunka@asahi.comメールするへ。
    −−「文化の扉 ローマ法王の挑戦 大戦の反省、開かれた教会に」、『朝日新聞』2016年07月17日(日)付。

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