覚え書:「今こそ小村寿太郎 「ねずみ公使」列強相手に剛腕」、『朝日新聞』2016年08月01日(月)付。

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今こそ小村寿太郎 「ねずみ公使」列強相手に剛腕
2016年8月1日


小村寿太郎
 風采があがらぬ男は外交で日本の地位を押し上げた。

 近代日本を代表する外交官といえば誰だろう。ロンドン海軍軍縮条約などで英米協調を演出した幣原(しではら)喜重郎? それとも外務卿・外務大臣を8年も務めた井上馨だろうか。だが、列強を相手に、筋の通った外交で日本の地位を押し上げた人物といえば、まず、小村寿太郎の名があがるのではあるまいか。

 小村は江戸時代も終わりに近い1855年、日向国で下級武士の子として生まれた。

 宮崎県日南市役所文化財専門担当官の長友禎治さんによると、家が貧しかったため、藩校の雑用係をして学費を免除してもらっていたらしい。

 しかし大変な読書家・勉強家で、藩の貢進生(奨学生)となって東京の大学南校(今の東京大学)に進学。次いで文部省留学生に選ばれて米のハーバード大に進み、帰国後は司法省、外務省に勤めた。

 頭角を現したのは1900年、45歳で清国公使になってからだ。義和団事件後の講和会議で、賠償金額の決定などをめぐって日本の権利を主張。成果を収める。

 やせて貧相で、身長は五尺一寸五分(約156センチ)。にもかかわらず精力的に走り回る姿から、外交官の間で「ねずみ公使」(Rat Minister)などと呼ばれたが、翌01年、第1次桂太郎内閣で外務大臣に抜擢(ばってき)された。

 当時、大陸では中国東北部(旧満州)にロシアが進出し、権益獲得を目指す日本との関係が険悪になりつつあった。このため、清国とロシアで公使の経験があった小村に白羽の矢が立ったようだ。

 関西外国語大准教授の片山慶隆さん(日本近代史)によると、小村は人づきあいが苦手で、公使の赴任地でも部屋で本ばかり読んでいたらしい。だが、複数の情報源に基づく状況分析は的確で、それに基づいて日本の権益を広げるべく力業の外交を行った。「当時の日本は欧米と肩を並べて何とか『一流国』の仲間入りを果たそうとしていた。帝国主義の時代を体現した外交官と言えるかもしれません」と片山さん。

 小村の業績は華々しい。日英同盟を成立させ、ポーツマス講和条約を締結し、旧満州や韓国での権益を確保し、幕末以来の懸案だった不平等条約を改正した。

 なぜ、これほどの成果をあげることができたのか。「どの国とも距離を置いていたことが大きい」と片山さん。

 当時も現在も、外交官の中には、時に自らと関係の深い国に肩入れする傾向がみられるが、小村はイデオロギーにこだわらず、同じようにつきあった。また、押しが強い一方、国際情勢を踏まえて、必要な時には各国と協調する姿勢をとることもできた。

 外務大臣を務めた期間も長い。延べ7年3カ月に及び、歴代でも第3位。首相の桂太郎からは絶大な信頼を受けており、自分の考える外交を進めることができた。そのことが結果的に、国として、ぶれない外交につながった。

 そんな小村が最後まで距離の取り方に悩んだのが、アメリカと中国だった。特に旧満州における権益をめぐる問題は、後に第2次世界大戦の火だねとなる。

 戦後の日本の政権は欧米などに比べ、総じて短命だ。「そのことが政策の朝令暮改につながり、外交下手といわれる一因をつくっていることは否めない」と片山さん。

 アメリカと中国の間では現在、南シナ海を巡り、かつてない緊張関係が生じている。今こそ、政争に流されず、ぶれることのない、長期的ビジョンに立った外交が望まれる。(編集委員・宮代栄一)

 <足あと> こむら・じゅたろう 明治時代に活躍した外交官・政治家。1855年、日向国飫肥城下(現在の宮崎県日南市)で6人きょうだいの長男として生まれる。大学南校をへて、米・ハーバード大に留学。帰国後、外務省翻訳局長、米公使などをへて、外務大臣に就任。日露戦争ポーツマス講和条約締結や不平等条約の改正に力を尽くした。1911年、56歳で死去。

 <もっと学ぶ> 片山慶隆『小村寿太郎』(中公新書)は読みやすい評伝。故郷の宮崎県日南市には国際交流センター小村記念館があって、遺品のフロックコートや小村の等身大写真パネルなどが展示されている。

 <かく語りき> 「日本はもう戦争をしてはなりません。戦争をする必要が無いだけには、したつもりです。今後は産業その他に力を入れて、国民を楽に暮らさせて行くことです」(『小村寿太郎 若き日の肖像』から)

 ◆過去の作家や芸術家らを学び直す意味を考えます。次回は8月8日、写真家の星野道夫の予定です。
    −−「今こそ小村寿太郎 「ねずみ公使」列強相手に剛腕」、『朝日新聞』2016年08月01日(月)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12489933.html





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