覚え書:「核といのちを考える 核軍縮へ、行動の時」、『朝日新聞』2016年08月07日(火)付。

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核といのちを考える 核軍縮へ、行動の時
2016年8月7日


原爆死没者慰霊碑の前で大勢の人が手を合わせた=6日午前、広島市中区平和記念公園、青山芳久撮影
 
 オバマ米大統領が広島に刻んだ一歩は、8月6日の光景も変えた。被爆地では核廃絶を求める新たな署名運動が始まり、オバマ氏にさらなる一手を期待する声も強まる。一方、「核の傘」に頼る日本政府は煮え切らないまま。「オバマ後の世界」はなお視界不良だ。▼1面参照

 ■被爆者 オバマ氏来訪、高まる機運

 「恐怖の論理から逃れ、核兵器のない世界を追求する勇気を持たなければならない」

 6日朝の広島平和記念式典。松井一実(かずみ)市長は平和宣言で、オバマ米大統領の広島演説の一節を引用した。原爆は罪のない人々を殺戮(さつりく)した「絶対悪」。それを許さないという「ヒロシマの思い」がオバマ氏に届いた証しだとして、各国指導者らに連帯を呼びかけた。

 オバマ氏の広島訪問から2カ月あまり。広島平和記念資料館原爆資料館)の入館者数は、オバマ氏が寄贈した折り鶴の効果もあって昨年より4割ほど多い。

 広島市内で開催中の二つの原水爆禁止世界大会オバマ氏が検討中とされる「核兵器の先制不使用」に期待の声が上がった。

 二つの広島県原爆被害者団体協議会(県被団協)など県内の被爆者7団体も、核兵器の禁止条約制定を各国政府に求める署名活動に初めて一緒に乗り出した。

 オバマ氏と対面した坪井直(すなお)・県被団協理事長(91)は「オバマさんの来訪が行動を急ぐ力になった。この機会に世界に訴えなければ、いつ訴えるのか」。被爆者らと署名活動を進める明治学院大大学院の林田光弘さん(24)も「日本の市民の圧倒的多数が禁止条約を願っているとのメッセージを世界に積極的に発信したい」と力を込める。だが、安倍晋三首相は式典あいさつで「核兵器のない世界に向け、努力を積み重ねる」と述べ、具体論に踏み込まなかった。

 式典後、首相が被爆者7団体から要望を聞く会。もう一つの県被団協の佐久間邦彦理事長(71)が「被爆国として核保有国に核兵器禁止条約の制定を働きかけるよう」求めたのに対し、首相は正面から答えなかった。会合後、広島被爆者団体連絡会議の吉岡幸雄事務局長(87)は嘆いた。「(首相は)本気で聞いていないと思う」

 (大隈崇、半田尚子)

 ■日本政府 核の傘、禁止条約に不賛同

 「我が国が核兵器保有することはありえず、保有を検討することもありえない」。安倍晋三首相は6日、平和記念式典後の記者会見で強調し、「日本独自の核保有検討」を雑誌の対談で主張した稲田朋美氏を防衛相に起用した波紋への対応に追われた。

 ただ、安倍政権は2013年に閣議決定した「国家安全保障戦略」で「核兵器の脅威に対しては、核抑止力を中心とする米国の拡大抑止が不可欠」と明記するなど、米国が提供する「核の傘」への依存を強める。

 もし日本を核兵器で攻撃すれば、安保条約で結ばれた米国は確実に核で報復する。それゆえに、敵国は日本への攻撃を思いとどまる――。それが「核の傘」の考え方だ。

 そうした日本の「核依存」の姿勢が象徴的にあらわれているのは、核兵器禁止条約を念頭に議論を続ける国連核軍縮作業部会(スイス・ジュネーブ)での対応だ。国連加盟国の3分の2以上の139カ国が前向きな姿勢を示している核兵器禁止条約について、日本は不賛同の立場を取る。

 米国を含む核保有国は、核兵器禁止条約について絶対反対の立場だ。それゆえに「禁止条約を持ち出すことは、核保有国と非核保有国との対立を決定的なものにしてしまう」(岸田文雄外相)というのが不賛同の表向きの理由だ。

 だが、日本政府高官は「禁止条約の根っこは、抑止論を否定した核軍縮論だ。北朝鮮が核ミサイル開発を進め、中国が核戦力を強化する中、米国の『核の傘』を否定するものに賛同することはありえない」と語る。

 オバマ政権が検討しているとされる核兵器の「先制不使用」についても高官は「もしそんなことがあったら米国の拡大抑止は成立しなくなる。ありえない話だ」と切り捨てる。

 (武田肇

 ■米大統領 実験禁止、国連決議を検討

 オバマ米大統領は5月末、原爆投下国の現職大統領として初めて被爆地の広島訪問に踏み切った。ロシアとの関係悪化で核兵器削減は足踏みしたが、任期中に少しでも「核なき世界」に道筋をつけたいとの思いはなお強い。広島訪問後も「レガシー(遺産)」作りを模索。米国内でも後押しする空気が出てきている。

 オバマ大統領は米国内に慎重論もある中で広島訪問を決断。「米国のように核を保有する国々は、恐怖の論理にとらわれず、核なき世界を追求する勇気を持たなければならない」と広島から訴えた。

 残りの任期が半年足らずとなったオバマ政権は、核実験を禁止する国連安保理決議案の採択を検討。核軍拡を招くと指摘されている新型の核巡航ミサイルなどの核兵器近代化計画の見直しや、敵の核攻撃がない限り先に核兵器を使用しない「核先制不使用」宣言を打ち出す可能性も取り沙汰されている。

 核軍縮の動きを後押ししようと、米大統領選の民主党候補を目指したサンダース上院議員民主党上院議員ら計10人が7月、「核先制不使用」宣言などを求める書簡をオバマ氏に送った。

 こうした動きは、米国の「核の傘」の下にある日本にも及ぶ。米国のハルペリン元国務省政策企画局長や科学者ら14人は7月下旬、オバマ政権が核の先制不使用を宣言することを、日本も支持するよう求める書簡を公表した。

 (ワシントン=佐藤武嗣)

 ◆キーワード

 <核兵器禁止条約> 近年、核兵器の非人道性の認識の広がりとともに非核保有国の間で急速に支持が拡大している。核兵器の使用や保有を即時違法化する禁止条約▽まず核廃絶に向けた基本的な義務を規定し、具体的な内容は後の交渉にゆだねる枠組み条約、など様々な考え方がある。
    −−「核といのちを考える 核軍縮へ、行動の時」、『朝日新聞』2016年08月07日(火)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12500471.html





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