覚え書:「ともに暮らす社会へ 障害者施設ルポ」、『朝日新聞』2016年08月22日(月)付。

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ともに暮らす社会へ 障害者施設ルポ
井上充昌 森本美紀2016年8月22日


食堂で飼育しているウサギを見つめる入所男性=広島県東広島市
 
 相模原市の障害者施設で入所者19人が死亡した事件から、まもなく1カ月になります。事件からは、障害者への無理解が浮き彫りになりました。ともに暮らす社会を考えるため、障害者を取りまく状況を3回にわたりお伝えします。まず、事件が起きた現場と同規模の施設を訪ねてみました。

■139人、139色の個性

 広島県東広島市の県立施設「松陽寮」には139人が入所し、障害の程度や特性によって四つの「ファミリー」に分かれて暮らす。

 午前8時半。朝礼で記者が紹介されると、特に重度の37人が入るファミリーの責任者、深谷成治さん(58)から「ぜひ、うちの取り組みを見て」と声をかけられた。

 深谷さんが担当するファミリーは施設改修のため、昨年7月からプレハブに入居する。この日は月に数回の外出日。午前10時半、深谷さんは正木祐治さん(55)ら3人と一緒に車で約3分のファミリーレストランに向かった。

 同じ席についた正木さんに笑いかけたら、返ってきたのは「べーーっ」。「これがあいさつなんです」と深谷さん。メニューを指して「これがいい? それともこれ?」と聞かれると、正木さんは全部うなずく。

 職員が注文したフライドポテトは、正木さんの大好物。ポテトとアイスクリームをほおばり、顔をくしゃくしゃにして笑顔になった。ほおばりすぎて口元を汚すと、職員は顔をほころばせて拭く。思わずこちらも笑顔がこぼれる。

 正木さんは松陽寮で暮らして約20年になる。てんかんがあり、突然意識を失って倒れることもあるが、この笑顔で職員の人気者だ。

 午後には、プレハブから500メートルほど離れた2階建ての住宅を訪ねた。もとは職員宿舎で、日中のレクリエーションに使われる。10畳のリビングで、長身の男性(41)がごろりと横になっていた。「こんなリラックスしているの珍しいね」と職員がつぶやく。

 だが、長身男性はプレハブに戻ると、低いうなり声を上げて別の男性に近づいた。「危ない」。深谷さんが、2人の間に体を入れた。「いま頭突きを狙っていた。気が抜けません」。長身男性には行動障害がある。時折、頭突きをするため、額には1センチ角の擦り傷がある。

 午後6時ごろに夕食が終わると、入所者は続々と寝室に入る。4、5人の相部屋で、すぐに寝息をたてる人も。夜勤は男女1人ずつが担う。

 午後7時ごろ、人気がなくなった食堂に長身男性がぽつんと座り、夜勤の岡田広司さん(52)を見つめていた。ふと、流し台のコップを指さす。岡田さんは「お茶ですか」。2、3秒の沈黙。そこで岡田さんはお茶を出した。

 「どんどん飲んでしまうので、無制限にはあげない」。飲み干すと、長身男性の表情が緩んだように見えた。

 岡田さんは松陽寮で働いて通算10年目。相模原事件の容疑者が施設の元職員だとは、信じられなかったという。「人が相手の仕事なので、ストレスもある」と漏らすが、入所者には親しみを感じている。「こんなおもしろい仕事、ないです」

 午後10時、岡田さんは食堂や廊下を消灯した。見回りは2時間おき。正木さんに顔を近づけて寝息を確かめ、小声で「布団の水やり、やめてくださいね」と話しかけた。正木さんは何かしゃべっている。岡田さんは「寝言なんでしょうね」とほほえんだ。トイレに起き出す人の付き添いもあり、岡田さんは一睡もできなかった。

 午前5時すぎ、食堂のあかりがついた。広島カープ帽の男性(55)がケージのウサギをなで、「うさちゃん」と呼んだ。この男性は一時、情緒不安定だったが、3年前にウサギの飼育を始めてから向精神薬を使わなくなったという。

 朝食後の午前9時すぎ、「ごつん」という大きな音が食堂に響いた。カープ帽の男性が自閉症の男性(34)に突き飛ばされ、額を打った。幸いけがはなかった。精神科医の岩崎学所長が自閉症の男性を診察。落ち着くまで個室にとどめ、薬を出すことにした。

 この自閉症の男性は、記者が最初に建物を訪ねた時も歩き回っていた。食堂を抜けて廊下を一周。記者に近づいて「うーーっ」と大声を上げ、歩く勢いは緩めない。深谷さんは「進路をふさがれると、押しのけることがある」と説明していた。こうした行動障害は、環境の変化も影響するという。

 岩崎所長は「本人は歩くことで落ち着く。閉じ込めることはストレスになってしまう。一番いいのは本人に適した環境整備。一人ひとりが何かに打ち込めるようにしたい」と話す。プレハブの壁には、こんな言葉が掲げられていた。

 「わたしたちは一人ひとりが大切な人間であり、ありのままを認め