覚え書:「インタビュー 忘れられる権利 グーグル法務顧問、ピーター・フライシャーさん」、『朝日新聞』2016年08月24日(水)付。

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インタビュー 忘れられる権利 グーグル法務顧問、ピーター・フライシャーさん
2016年8月24日


「グーグルは『忘れられる権利』についてあらゆる次元から検討している。意味はどういうことか、どうあるべきか」=東京都中央区、池永牧子撮影
写真・図版
 インターネット上の不都合な個人情報を消す「忘れられる権利」を欧州連合(EU)の司法裁判所が認めてから2年。検索最大手グーグルは欧州で、削除要請に応じる態勢を整えてきた。どんな課題が浮かび、「忘れられる権利」は今後どうなっていくのか。グーグル法務顧問のピーター・フライシャーさんに聞いた。

 《自分の名前を検索すると10年以上前の社会保険料滞納の情報が表示される――。EU司法裁判所が2014年5月、スペイン人男性の主張を認め、検索結果の削除義務をグーグルが負うとの判決を出した。「忘れられる権利」が認められたと世界的な注目を集めた。検索結果が示す元の情報は、メディアなどが発したものだ。だが、判決は掲載目的や時間経過を踏まえて「不適切で必要性がなく過剰」な場合はグーグルが検索結果の削除義務を負うと判断。グーグルは要請を受けた場合には検討し、必要なら削除の義務を負うことになった。》

 ――この2年間に、どのようなことが起きていますか。

 「新しい権利が生まれ、EU司法裁判所の判断が出てから、欧州ではすでに150万件の削除依頼が来ています。あらゆる種類の依頼が寄せられている。1件1件を、グーグルは裁判所のように検討し、処理していかなければなりません。大変な作業です」

 ――どのような依頼が多いのでしょうか。

 「専門的な職務にある人が、自分の過去に関する検索結果を削除して欲しいというものです。医師や歯科医が医療過誤で訴えられた過去を削除して欲しい、と。また、詐欺行為をした企業、贋作(がんさく)を扱ったアートディーラー、政治的な見解が転向した政治家、過激派の活動に加わったことがある公務員からの依頼もあります」

 ――どういう基準で削除の可否を判断しているのでしょう。

 「基本的に、削除は例外でなくてはならず、正当な理由がなければならないと考えています。その上で、プライバシー権と、情報に対する公共のアクセス権のバランスをどうとるのかを考えます」

 「罪を犯した人なら、どのくらい前なのか、犯罪は軽微なものか、公共性の高い犯罪か。私人の軽微な犯罪歴は、削除の判断になりやすいでしょう。犯罪被害者の名前を削除して欲しいという依頼もよくありますが、これも削除する方向で検討されます。個人の私生活に関わること、青少年や児童に関することは、削除する方向です」

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 ――ほかに重視する要素はありますか。

 「専門的な職務に関連する情報なのかも重要な基準です。医師や歯科医が受けた批判は、『できるだけ良い医者にかかりたい』と思う人々にとって重要だからです。それから政治的な演説はできるだけ残す方針です。公共の利益のためです。政治家が転向して考えが変わったとしても、その人が過去にした政治的スピーチは大切です」

 「ただ、いずれもケース・バイ・ケースです。事実をよく見極めた上で、判断していくことになります。欧州のある都市の市長が汚職で有罪になり、再選挙になった時の例では、その市長が選挙に出るので『汚職事件の情報を消して欲しい』と依頼してきましたが、削除しませんでした」

 ――そうした判断は、どのような人が行っているのでしょうか。

 「数十人のチームが常勤で対応しています。欧州で使われる20の言語に対応できる、弁護士などの資格を持つ人たちで、まず最初の検討をします。グーグルの基準に照らし、標準的な内容のものはこのチームが判断権限を持ちます。バランスが難しい場合や初めてと思われる事例は、より上位のレベルで判断します」

 「ただ、裁判所の手続きとはずいぶん違います。裁判所は法廷に当事者が来るわけですが、我々の場合は当事者がいません。削除依頼を出した人の話に依拠して、判断をしなければなりません」

 ――元の情報の真偽や、どのような文脈で発信された情報なのかに踏み込まないと、判断が難しいケースもあると思います。

 「裁判所なら、『デポジション(証言録取)』という手続きがあり、そこで申し立てられた側の主張を聞けますが、我々はそれができないので、チームがある程度の調査をして、なるべく情報を得ようとします」

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 ――公共性のある検索結果の削除の判断を、民間企業であるグーグルに任せてよいのか、という指摘があります。

 「まず、欧州で我々が削除の可否を判断しているのは、裁判所がそう命令したからです。我々はその義務を遂行しようとしていますが、命令がなければ自ら立候補してこの役割を果たすということはなかったでしょう。しかも、我々が求められているのは、グーグルが持つコンテンツについての判断ではなく、他者のコンテンツに対する判断です。これは非常に妙な立場になっています」

 ――ただ、インターネットの世界で、検索エンジンがなければ、なかなかコンテンツにたどりつけない。検索最大手としての社会的責任ではないでしょうか。

 「その判断をすべきなのは、本来、社会の中の誰なのでしょうか。一番適切なのは裁判所だと思います。命令された我々は、基準を作り、判断をして、責任を果たしている。一部しか情報が得られない中で、バランスをとった決定を求められている状況です。例えば、公人に関する情報は削除しない傾向にありますが、公人かどうかをどうやって知ればよいのでしょうか。フィンランドの小さな地域社会では公人という人、ポルトガルだけですごく有名な人もいるでしょう。我々がそのすべてを知っているわけではないのです」

 《日本ではグーグルが請求を受けつけて削除する仕組みはなく、削除の是非は裁判で争われている。14年10月、名前の検索で犯罪に関与しているような結果が出るとして、日本人男性が削除を求めた仮処分の申し立てで、東京地裁は削除を命じた。日本で「忘れられる権利」が認められた事例として注目された。その後、相次いだ仮処分で、削除を認める決定が複数の地裁で出された。ただ、東京地裁の決定は、地裁の別の裁判官が今年7月、削除命令の一部を取り消した。東京高裁も7月、わいせつ事件で逮捕された男性が削除を求めた事例で、グーグルに削除を命じたさいたま地裁の判断を取り消した。日本では判断が定まっていない。》

 ――日本でも裁判所に検索結果の削除を求めた事例がありますが、罪を犯した人の「更生を妨げられない権利」などが判断基準に使われています。グーグルとしては、「忘れられる権利」というものが存在すると考えていますか。

 「欧州を含めてかなり議論になっていますが、我々の立場はビジネスを行う地域の法律にのっとるということです。EUで『忘れられる権利』があるというならそれに従う。憲法上、『表現の自由』がより強くうたわれている米国では『ない』ということなら、そうなります」

 「権利そのものが存在すべきか、と問われればイエスと答えます。ただ、それは発信された元の情報の問題です。我々は検索エンジンを運営する会社であって、本来は我々が削除の可否を決定すべきものではない。新聞の記事に削除依頼があれば、新聞社のポリシーに従ってそれを社内で決定できるでしょう。しかし、我々は他の人が発信した情報の中身について判断しなければなりません。これはとても奇妙なことだと考えています」

 ――フランスは「忘れられる権利」を世界中での検索に適用するよう求めています。

 「フランスではフランスの法を尊重し、日本では日本の法を尊重する、というのが我々の立場です。フランス政府は、検索結果の削除をグローバルに、フランスの法律にのっとってするようにと求めていますが、我々はこれは間違っていると考えており、裁判所に不服を申し立てています」

 「特定のカテゴリーの情報を合法ではないとする国があります。例えばタイでは王を批判すること、トルコでは国をおとしめることを言うのは違法とされます。ロシアでは未成年者に対する同性愛の宣伝は禁止されています。もし全世界的に違法なものを削除していくと、どの国でも受け入れられる内容のものしか検索できない、ということになってしまいます」

 「欧州においても、『忘れられる権利』の定義は完璧なものではなく、進化していく過程の途中だと思います。最も重要なのは、それぞれの国が自問をすることだと考えます。その国の法律の中で、プライバシー権と情報に対するアクセス権が、バランスのとれた形になっているかどうかが一番重要だと考えています」

 (聞き手・千葉雄高)

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 1963年生まれ。マイクロソフト勤務を経て、2006年からグーグルでグローバルプライバシー法務顧問。プライバシー関連問題を統括。

 ◆英文は朝日新聞の英語ニュースサイト(http://www.asahi.com/ajw/)に掲載しています。
    −−「インタビュー 忘れられる権利 グーグル法務顧問、ピーター・フライシャーさん」、『朝日新聞』2016年08月24日(水)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12525314.html





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